ニッカの余市シングルカスクと、10年
思いがけずニッカの余市蒸留所からシングルカスクの5年が届いた。引越しをするたびに住所変更の連絡はきちんとしていたりしたので、決して忘れていたわけではないのだが、いつ来るかはわからなかったので、やっぱり「思いがけず」ということになった。
これは、ニッカが提供している十年浪漫倶楽部のサービスの一環だ。詳しくはホームページを見てほしいのだが、申し込むと、その年の決まった時期から樽詰めを開始して、5年後に1本、10年後に2本、熟成したウィスキーを送ってくれる。気のながい、しかしそれだけの期間じっくり楽めるちょっと素敵なサービスだ。
就職したら、結婚したら、子供ができたら――ひとによってさまざまなきっかけでスタートするのだろうが、ぼくの場合、じつはそんな特別な理由はない。ただ夜中にホームページでこのサービスを見つけて、眠っている女房を叩き起こし、朦朧とする彼女の了解(?)をとりつけたのだ。
10年....というのは、つまり過去であれば「ひとむかし」として回想するくらい充分に長い時間だ。はじめようという動機は単純だったけれど、実際に申し込むときには、その10年を想わずにはいられなかった。子供のこと、仕事のこと。はずかしながら、そのどちらも想像を超えていた。結婚して、やがて子供ができて、という世代は、だいたい仕事のうえでもいわゆる働き盛りで忙しく、あわただしい。それでもしっかり自分の将来を見据えている方もおられるだろうが、ぼくはただがむしゃらに「生活」していくだけで精一杯だったし、それはいまもそうだ。今回、その半分である5年がすぎて1本が送り届けられたわけだけれど、あれから5年しかたっていないなんて、とても信じられない。べつの時代の話のようだ。
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1本しかない関係上、貧乏性が顔を出すことになり簡単には開封できなかった。そのかわり、といってはなんだが、手許にあったべつの余市のシングルカスクをひさしぶりに飲んでみた。
余市蒸溜所のシングルモルトは、偉そうなことをいうようだけれど、どこに出しても自慢できる上品で豊かな風味と、それを敢えて崩すような粗野な個性をあわせ持っている。それが愛すべき味わいを生み出している。余市と双璧をなすサントリーの山崎は、すばらしくバランスのとれた優等生であり、それがサントリーの技術だなと感心する。ぼくは山崎もだいすきだ。でも、余市を飲むとき、豊饒な香りと甘みを感じつつも、喉の奥でほろ苦さが自己主張して、それが懐かしい土の感触を思い起こさせる。
スペイサイドでも、アイラでもなく、これはまちがいなく日本のシングルモルトウィスキーだ。たぶん、ぼくはいま「いちばん好きなウィスキーは」と訊かれたら、「ニッカの余市」と応えるだろう。
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むかし、縁があって、数年のあいだ月2,3回というペースで関西から北海道に通っていたことがあった。そのころは、ウィスキーは好きでも残念ながら日本のウィスキーを敬愛できるほど見識を積んでおらず、余市を訪問することなど思いもしなかった。いっぽうこの余市蒸溜所のサービスを申し込んでからは逆になかなか行く機会がなく、北海道には何度か行きはするものの、あわただしくて蒸留所に立ち寄る時間など得られなかった。
それが2年ほどまえ、ようやく札幌で5時間ほど空き時間を得ることができた。その日は、打合せだけでなく、現場作業があったのだ。夕方4時には打合せが終わり、夜の9時から現場での作業を開始、というスケジュールだった。
打合せが終わると、さっそく小樽を経由して余市に向かった。小樽から乗り換えのローカル線はなかなか本数がなく、やきもきしながらなんとか夕方5時には蒸留所に入ることができた。試飲のコーナーなどは残念ながら5時で閉まっていたけれど、受付けで十年浪漫倶楽部の会員であることを伝えると、「ぼくの樽」が熟成されている貯蔵庫まで案内をしてくれた。暗い貯蔵庫にならんだ樽からひとつを探し出し、案内の女性が懐中電灯の明かりをかざしてくれた。たしかにネームプレートにぼくの名前があった。たったそれだけのことだけど、初対面の樽にすこし感激した。いま、5年熟成のボトルを見ながら、あの薄汚れた樽のなかにこんなに美しいお酒が入っていたのだな、と思う。
その日は、そのあと蒸留所のなかをひと通り散策して、製造工程の説明を見て、所内に漂うピートの香りを楽しんで6時の閉所までの時間を過ごした。帰りは小樽で途中下車。何度か行ったことのあるカウンターだけの小さな寿司屋に入り、ぼたん海老とカニ汁を堪能した。くどくど書かないけれど、どちらもほんとうに絶品だ。夜の8時半には札幌近郊の現場にもどり、 夜明けまで働いて、そのまま早朝の便で羽田にもどった(当時は横浜に住んでいた)。へとへとだったが、思い出深い、ひさしぶりに楽しい出張だった。
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10年のうち、半分の5年がすぎた。必然的に、これからの5年間を想うことになる....これまでの5年間は、大きく変わったこともあれば、ほとんど変わらなかったこともある。いや、やっぱり変わったことのほうが多いか....。転勤も含めて、当時は想像もしなかった大イベントもあった。けれど、まあがんばっただけのことはあった5年間だった。これからの5年間もけっして楽なものではないということは充分想像できるが、家庭も、仕事も、なんとかうまく舵取りができれば、と思う。
40代サラリーマンのぼくは、どうやらそのくらいのことしか望んでいないようだ。あとは、すこしずついいから、音楽や本、そしてウィスキーを楽しむことができれば、いまはそれでいい。
シングルカスクは高いのだが、シングルモルトであればまずまずの値段で、充分に余市の良さを味わえる。ぼくもふだんはこれを飲む。超おすすめ。
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ニッカウヰスキー株式会社はいまはアサヒビールのグループ会社になっていて、アサヒビールのショッピングサイトでシングルカスク余市を購入することができる。シングルカスクの商品は、蒸溜所か、このショッピングサイトでしか購入できない。シングルカスク は限定品で、すぐ品切れになるのでご注意。
Link : ニッカウヰスキー株式会社のサイト
Link : シングルカスク(アサヒビールのショッピングサイト)
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