カテゴリー「オーディオ」の25件の記事

2016年5月21日 (土)

ラトル、ベルリンフィルのシベリウス交響曲全集

BPHR170_Sibeliusシベリウスの交響曲を、また改めてきちんと聴こうと思う日がくるとは、本当には思っていなかったような気がする.

…なんて、ちょっとへんな言い方になったが、それはずっとむかし、まだクラシック音楽を聴きはじめて間もないころから、シベリウスは数少ない “好きな” 作曲家のひとりだったからだ。

当時まだ十代あるいは二十代前半くらいだったと思うが, プログレッシヴ・ロックを経由してクラシックに入門したばかりのころ、あるきっかけがあって≪フィンランディア≫ という楽曲を知った。詳しい方には言うまでもなく、フィンランドでは第二の国歌と言われるほど著名な、勇壮で美しい旋律の楽曲である。


そして、交響曲の第2番。はじめて接したのは、サイモン・ラトル指揮のバーミンガム市交響楽団による1984年の演奏だった。これはたしかFMのエアチェックで録音したものだ。北欧、森と湖の国、フィンランド、厳冬の地、そうした印象そのままの美しさと、終楽章の開放感・躍動感が魅力的だった。これは、もう何度となく愛聴した。

つづいて、ほかの交響曲も聴くようになった。買ったのは、たしかカラヤン指揮の廉価版LPだった。全曲ではなく、第4番、第7番。そういったあたりだったと思う。

このあたりから、なにかがズレはじめた。(^^;

いっこうに聴きたいと思わせるものが響いてこないのである。あとで知ったのだが、シベリウスの交響曲は第2番が突出してポピュラーで、ほかの交響曲はそれに比べると知名度としては落ちる。それはつまり「わかりやすさ」という点で第2番がもっとも勝っているということだ。そしてその世間の風評はまちがっておらず、ぼくはシベリウスが特別に好きだというよりは、たんに名曲を名曲だと思っただけなのかもしれない。と心の隅で思ったりもした。

Sibelius交響曲以外を見渡してみると, わかりやすいシベリウスはほかにもいる。CD時代になって、大阪日本橋の小さな輸入盤屋――お店の名前は失念してしまった――でFINLANDIAレーベルから発売されていたアルバムを、いくつか買うようになった。なかでも、Pekka Helasvuo と Finlandia Sinfonietta によるシベリウスの小品集は録音も美しく, このアルバムで ≪悲しきワルツ≫ や ≪鶴のいる風景≫ といった佳曲を知った。あるいは、右上にジャケット画像を挙げた、Tauno Satomaa と Candomino Choir による合唱曲集。これはシベリウスだけでなくフィンランドの作曲家の合唱曲を集めたものだが、孤高のジャケットも録音も楽曲も、すべてが美しい。

話を交響曲に戻そう。その後、たとえば全集ではベルグルンドやサラステ、マゼールの録音を買った。どれもダメだった。そして少々ショックなことに、良いと思っていた交響曲第2番も、聴き通すほどの魅力を感じられなかったのだ。

依然としてシベリウスの名前はすこし特別な位置にはあるのだけれど, その後は、おりに触れ歌曲集や協奏曲のCDを買ったりはする程度というになり、積極的には聴かなくなってしまった。というよりは、むしろ疎遠になった。それは、より広くクラシック音楽を聴くようになり、そのころはほかの楽曲を知るので精一杯だったというのもある。このとき、ぼくはまだバッハやモーツァルトの幾多とある楽曲を知り、ベートーヴェンが特別視される意味に気がつき、ブラームスやワーグナー、そしてブルックナーやマーラー、ストラヴィンスキーを知っていく途上だったのだ。

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それが最近、自分でも不思議な変化が起きた(たぶん年齢のせいかと(^^;)。"これまでときどきはつきあってきたものの、あまり積極的には聴いてこなかった作曲家" の作品を聴きたいと思うようになった。たとえばシューマン。たとえばシューベルト。そしてシベリウス。

とくにシベリウスへを聴きたいという気持ちは、すこし大げさだが、突然渇望のようにやってきた。去年のシベリウスイヤーには、ぴくりとも反応しなかったのに (うそ。リントゥの交響曲全集ブルーレイは買った。でもブルーレイの使い勝手の問題もあり、未視聴のままだった)。そして、最近サイモン・ラトルがベルリン・フィルと新しい全集を出していたことを思い出した。

この全集は、以前紹介したシューマンの交響曲全集と同様、”Berlin Phil Media” (Berliner Philharmoniker Recordings) によってハイレゾ録音含めた複合的な形式でリリースされている。そのオーディオ的な興味ももちろんあった。これを買った。

§

これが、素晴らしかった。第2番はもちろんとして、すべての交響曲が魅力的だった。どの曲も聴き入ってしまうほど良かった。とくに第5番、第6番、第7番の3曲は、先日の連休以降、何回となく聴いている。

深い碧色であるにもかかわらず、どこまでも透明度が高く、細部までくっきりと見渡せる――そんな印象だ。とても美しく気持ちが良い。たとえば比較的地味な第4番の第1楽章は、その鮮明な音のおかげで、いまこれを書いていても、思わず聴き耳を立ててしまう。また、よく「呼吸感」と表現するのだが、ゆっくりとした部分、疾走する部分、それぞれのテンポ感が感覚としっくりとくることも好印象を支えている。このテンポ感が、ラトルならではのものなのだとしたら、シベリウスの交響曲については、このベルリン・フィルとの録音があれば、ぼくにはもうそれでいいのかもしれない。

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最後に、購入した Berlin Phil Media のシベリウス全集のメディアの話。

前の記事で、リリース第1号のシューマンについて「所有する喜びを感じさせるパッケージ」と絶賛しておきながら、結局、ダウンロードしたハイレゾ音源を聴くばかりで、いまに至るまでパッケージはいちども手にとっていないことに気がついた。(^^;

それで今回は、Berlin Phil Mediaから直接ダウンロード音源を購入することにした。パッケージ版は日本円でだいたい14,000円。ダウンロード版だと現地から直接購入で €49.00。なお、ダウンロード版はブックレットはPDFで付属しているが、特典映像はついておらず、音楽のみである。

 

 

Annotations :
Rattle/Sibelius packageシベリウス/交響曲全集
Simon Rattle, Conductor
Berliner Philharmoniker, Orchestra
Berliner Philharmoniker Recordings
Link : Amazon.co.jp

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2014年6月15日 (日)

音源とパッケージとダウンロード

img081リマスターの話ばかりで恐縮だが、Emerson, Lake & Palmer の “Brain Salad Surgery” の発売40周年記念のリマスター盤を買った (これには『恐怖の頭脳改革』という邦題がついているが、LP時代から輸入盤を買っていたのでどうもこの邦題には馴染めない…)

さまざまな理由で近年有名な “Tarkus” よりも、個人的にはこの “Brain Salad Surgery” のほうがはるかに好きだ. さきほどLP時代からと言ったけれど、その後、CDの通常版、2001年のリマスター盤、そして今回の2014年リマスター盤で、もう買うのも4回めになる. もちろんWALKMANにも入っているし、TuneBrowserの開発でパワーが必要なときなど、いまでもよく聴いている.

さて、ここでは、この “Brain Salad Surgery” の内容について書こうとしているのではない. 有名なアルバムなので、もういまさらぼくが書くべきこともない。リマスターの内容、質についても書かない。書きたかったのは、収容しているメディアの話だ。


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今回のリマスターを買ってみようと思ったのは、3枚組のうち1枚がDVD Audioになっていることが目を惹いたからだった (DVD Audio形式、あるいはSACDでの発売は過去すでに行われていたようだが、不勉強でそれは知らなかった)。

ではよほどDVD Audioに期待していたんだね、と言われると、でもじつのところはぼんやりした興味があっただけで、そう期待が高いわけでもなかったのだ。

事前のリリース情報によると、DVD Audioには96kHz/24bitの音源が収容されているという。それは良い。それは良いのだが、例の著作権法改正以降、DVD Audioはなんとなく気の晴れない、どんよりとした、さえないメディアという印象になってしまった。たぶん、買ってはみたものの、PCかAVシステムのほうで一回聴いたら、それでオクラ入りになるんだろうな――そう思っていた。

ところが、実際にパッケージが届いてみると嬉しい驚きがあった。DVD Audioには、その本来のフォーマットであるMLPのほかに、96kHz/24bitのFLAC形式が収録されていて、それをそのまま――コピープロテクトを回避するような行為をすることなく――Windows標準のエクスプローラでPCにコピーでき、通常の音源として再生できるのだ。

実際にこの音源をTuneBrowserで鳴らしているうちに、ぼくは俄然機嫌が良くなった。やはりいまどきの音源の企画はこうでないと(^o^)。CDをリッピングするよりも遥かに楽であり、高音質。 “いまどき” に買い替えた価値があろうというものだ。Sony Music、すばらしい

§

すべての音源が、こういう形で発売されたらいいのに。と思う。

先日、ベルリン・フィルが独自レーベル “ベルリン・フィル・レコーディングス” を立ち上げると発表した。物理的なパッケージには所有することの満足感が得られるような魅力を与え、本来の商品である音源としては、CD, Blu-ray Audio/Videoといった各種メディア以外に、192kHz/24bit音源のダウンロード権もつけるという。

最初のリリースはラトルによるシューマンの交響曲全集。現地で約€50, 日本では約9千円前後。値段の話で品がなく申しわけないが、最近の音源価格の感覚からすると、決して安くはない。安くはないが、物理的なパッケージの大切さと、音源の自由度を重視した企画、心意気 (そして、レーベルとしてのはじめてのリリースにシューマンをもってくるという凄さ(^^;) に共感して、迷わず予約した。

ここで大切なのは、あくまでもパッケージも含めた総合的な商品企画の勝利だということだ。ぼくはたぶん、ダウンロード音源だけだったらシューマンの交響曲4曲に9千円は出さないだろう。これがWarnerからCD品質でリリースされたらおそらく輸入盤で千円台であり、そちらを買う。高解像度の音源であればオーディオ的興味もあるからそれがうれしいに決まっているものの、日常で楽しむ音楽としてはCD品質でも充分に充足は得られる。その天秤になる。

§

いっぽう、音源のダウンロード販売は、ここ数年でDRMつきからDRMなしに転換するという大きな飛躍があって、使い勝手そのものは大変よくなってきた(それに比べると電子書籍は…とつい言ってしまう)。

それでも、正直なところ――すくなくともいまのぼくにとっては――多くのダウンロード販売のサービスはあまり魅力が感じられず、お試しで買ってみる、という以上のところにはなっていない。結局、ずいぶんむかし(2007年)にフィラデルフィア管弦楽団のダウンロード販売について書いたとき以降、魅力的なサービスには巡りあえていないような気がする (フィラデルフィア管弦楽団による独自のサービス提供は現在はすでに終了していて、販売チャネルをiTunes StoreやHD Tracksに移しているようだ)

たまたま、今回はパッケージメディアで、これはと思わせる企画を見つけることができた。物理メディアに縛られないダウンロード販売にはダウンロード販売の魅力が出せるはずだから、これは買おうと思わせるサービス/商品がぜひとも出てきてほしいし、それを楽しみにできると信じたい。

 

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2013年5月 5日 (日)

FLAC/MP3/DSD 管理・再生ソフト: TuneBrowser

TuneBrowser

先日、まだベータ版ながら TuneBrowser というソフトをリリースさせていただいた。どういうソフトか、というのは、専用のページを作ったのでそちらを参照いただくとして、きちんとしたソフトを開発・公開するのはひさしぶりなので、経緯について、すこしだけ。

以前、ご要望をいただいてfoo_NowPlaying.gadgetというWindows用ガジェットを公開した(国内外からたくさんダウンロードいただいた――多謝)。これはスクリプト主体の比較的「気軽なツール」だったし、それにしてももう3年以上まえのことだ。個人用の小さなツールはいまもなにかと作ってはいるが、今回のTuneBrowser のような「ちゃんとした」アプリケーションは、ほんとうにひさしぶりのことになる。


過去このブログで紹介してきたように、これまでは楽曲の管理・再生ソフトとしてfoobar2000を使っていた。

foobar2000は、開発に携わる者としていまもひとつの目標でありつづける大変素晴らしいソフトだが、ユーザとしては、いつしかプラグインとTitleFormatに疲れるようになっていた。とくに、前回までの記事に書いたようなタグのデータ管理をするためには、長大なTitleFormatを駆使し、それでも足りないところは自分用のfoobar2000プラグインを作成して補っていた。

そのうち、面倒な設定なしで、自分の思うような管理ができるソフトを作ればいいのではないか――そう思うようになった。もちろん、自分で作るとはいってもそれは大変だから、foobar2000以外のソフトも試してみたが、残念ながらこれはと思うものには出会えなかった。

いまから――というのは2010年ごろのことだが――あたらしく作るのであれば、近年のPCのパワーを生かし、できるだけ「棚をながめてCDを選ぶ」ような操作性が実現できたらいい――そう思って開発をはじめた。実際できあがったTuneBrowserはそうなってないじゃないか、というお叱りもあろうかと思うが、ここ2年ほど、ほんとうにざまざまなユーザ・インタフェース、描画方式を試してきて、現在のかたちに落ち着くようになった。まあ、正直なところ「棚をながめてCDを選ぶ」というところには追いつけていないような気は薄々するけれど(笑)。

なおこれは開発手法の話だが、TuneBrowserは、はじめはWTL+Direct2Dで作成していたが、途中で最近のMFCの進化に驚き、MFC+Direct2Dによる開発に切り替えることになった。

というわけで、もともとはTuneBrowserは楽曲管理専門のソフトウェアでスタートしたのだった。当然、選んだ楽曲は聴いてみたくなる。そのために、はじめはTuneBrowserから外部のMPDあるいはfoobar2000を制御できるようにした。

しかしそれでは、どうしても再生に関して細かい制御をすることがむずかしい。そこでBASS Audio libraryを利用して、自前の再生機構をTuneBrowserに組み込んだ。BASSはシェアウェアにする際にライセンス料が発生するが、そう高いものでもない。これはこれで完成した。と思った。

ところが、最近になってPCでのDSDネイティブ再生が手の届くところにやってきた。これは革命的だ、と感激したが、BASSがDSDをサポートする気配はなさそうだった。BASSと心中する (BASSの対応を待つ) か独自の道を歩むか、悩みに悩んで本当に悩んで、結局デコードと再生の機構をすべて自前で作り直すことにした。

すべてとは言っても、もちろんFLACやTTAなどの各音源フォーマットが提供しているデコーダのソースコードは活用させてもらっている。またDSDIFFのDST圧縮のデコードは、ISO の Philips によるリファレンス実装を入手し、内在している不具合を何日もかけて直したうえで使ってみたが、これが性能的にリアルタイムのデコードにはまったく追従できないものだった。結局DSTデコードは Super Audio CD Decoder project がLGPLで公開している改良版を活用させてもらった。DSTデコード以外の部分はすべて自前の処理ではあるけれど, ぼくの数学の能力を考えると, このDSTデコーダがなかったとしたら, DSDIFF形式/DST圧縮のDSDのネイティブ再生は実現できなかったと思う。このプロジェクトの成果は本当に素晴らしい。

ぼくは音楽再生プログラミングの方法論に詳しいわけではない。ただ仕事がら、C++ によるミッションクリティカルなバックエンドの24時間稼働のサーバシステム (≒デーモン/サービス) をたくさん開発してきた経験はある。だから、TuneBrowser のオリジナルの再生エンジンの開発は (心の奥底では(^^;) 勝算のあるチャレンジに思えた。そしてその経験から、デコード+再生の処理・スレッド構成はできるだけシンプルでロバストな構造になるようにして、読み込んだデータを ”クリーン” に保ったまま最小のCPU時間でデバイスへ渡す、ということを心がけた。結果は、ユーザになっていただいた方の耳でご判断いただければ、と思う。

§

ちなみに、世の中にはTunesBrowserというソフトがすでに存在している。あちらはLinux用であり、別のソフトだ。まぎらわしいので(^^;名前を変えようかとも思ったが、かといって良い名前も思いつかないので、このままリリースすることにした。

TuneBrowserは、foobar2000の表示や再生に関するカスタマイズが億劫な方、TEACやLuxmanが出しているメーカ製のDSD対応再生ソフトウェアでは楽曲管理機能が物足りないと感じられる方、iTunesではクラシック音楽などで管理できる情報が不足しているとお感じの方、そして、ソフトウェアの再生エンジンによる音質の差に興味のある方は、一度お試しいただければ、と思う。ちょっとドキドキしながら(笑)ダウンロードお待ちしています。

 

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2013年2月24日 (日)

クラシック音楽と PCオーディオと タグ データ (その2)

TB2

前回、大量――数千,数万ファイル――の音源データのなかから「自分が聴きたそうな音楽」を探し出すのは意外と難しく、アルバム(CD)の単位にこだわるのをやめて、各楽曲のタグを整理し、そのタグをもとに音源を検索できるようにしないと、もう無理。という話をした。

そのタグも、一般的なARTISTとかTITLEだけではまにあわず、いくつかのタグを自分で「これを使う」と決めて、すこし広げて使っている。そのタグの話。


大切なタグ

前回書いた、自分にとって大切になってきたタグは、以下のようなものだった ([] 内の英語は、FLACでのタグ(メタデータ)の名称)。

  • 検索するときに大切なタグ (ほぼ必須)
    • 作曲家 [COMPOSER]
    • 演奏家 [PERFORMER]
    • アルバム名 [ALBUM]
    • 楽曲名 [CONTENT GROUP]
      (...決して [TITLE]ではない)
    • ジャンル [GENRE]
      (...これも複数必要! )
  • 楽曲を管理するときに大切なタグ (あれば良い)
    検索に使用するタグに加えて、
    • レーベル [ORGANIZATION]
    • 録音日 [DATE]
    • リリース日 [RELEASETIME]
    • 入手した日 [PURCHASEDATE]/[ENCODINGTIME]等々...
    • 版 [EDITION]
    • 作品番号 [OPUS]
      (たまに、ある作曲家について作品番号順に並べたくなる(笑))

楽曲名(CONTENT GROUP)は、TITLEとはちがう、と書いた。TITLEとは、 CD上のひとつのトラック/PC上のひとつのファイルにつく、題名のことである。前回の例での『展覧会の絵』の場合、最初の3トラックのTITLEは以下のようになっている。

  1. 組曲 ≪展覧会の絵≫: 1. プロムナード
  2. 組曲 ≪展覧会の絵≫: 2. グノーム
  3. 組曲 ≪展覧会の絵≫: 3. プロムナード

この場合、聴きたい/探したいのは『組曲 ≪展覧会の絵≫: 1. プロムナード』ではなくて、あくまでも『組曲 ≪展覧会の絵≫』という楽曲である。チェリビダッケの録音を一覧したとき、知りたいのは『組曲 ≪展覧会の絵≫』があるかどうかであり、全部で15トラックある個々のTITLEについて知りたいわけではない。

それで、CONTENT GROUP を使うようになった。これはMP3などのID3v2ではTIT1に相当する(TITLEはID3v2ではTIT2)。実際には、いちいち入力するのは面倒なので、TITLEを解析して区切り文字からCONTENT GROUPを自動抽出するツールを援用している (だから、もちろんTITLETITLEで、きちんとそのトラックの名称をフルスペックで入力している)。

あとは、GENREへの複数値の設定。これは最初はあまりこだわっていなかったのだが、いまは絶対必須だと思っている。ひとつの楽曲は、さまざまな側面を持っている。たとえば『展覧会の絵』の場合は、"Classical" であり "Orchestral" であり "Russian" である(ロシア音楽とフランス音楽は、ぼくのなかで独立したジャンルとして確立している(笑))。気分によって、さまざまな切り口で一覧したくなる。

日付も、DATEというタグだけでは限界を感じている。ぼくの場合は、これを録音日であると勝手に決めて、アルバムのリリース日や入手した日は別のタグをつけて管理するようになった。こうすることで、最近購入したアルバム順――新着順――で並べたりすることができる。とくに、日々増えつづけるCDを忘れないように(爆)するためには、新着順は、なくてはならないものになった。

あらかじめついていたタグデータは捨てて、自分のタグデータを登録する

これは、原本大切主義のぼくとしては、すこし勇気がいった(笑)。

実際は、CDをリッピングした場合とダウンロードした場合とで、多少態度がちがう。CDをリッピングした場合は、原本はCDにあるので、ハードディスク上のファイルのタグデータという面でのオリジナリティは、あまり気にしない。ハードディスクが吹っ飛んだときに、すべてリッピングし直すのは面倒なので、一般的な意味でのバックアップをとっているだけだ。ダウンロード音源の場合は、いつダウンロードできなくなるかわからないので、いちおう原本は別にマスターデータとしてとっておく。過去ダウンロードサービスで購入して(たいていはDRMつきだった)、もう二度と聴けなくなった音源もたくさんあって、苦い思いをしたことがあるからだ(それはいまの電子書籍にもおなじことが言える)。そしてふだん使うファイルは、CDからリッピングした場合と同様に扱う。

で、こうした音源ファイルには、リッピングソフトや販売元の好意で、あらかじめタグデータが付与されることが多い。これを、とても大切な原本データだと思い込んでしまう。しかしそれは誤解である(きっぱり)

おなじ『展覧会の絵』に対して、もとのCDによって、 "Tableaux d'une exposition" であったり "Pictures at an Exhibition" であったり "展覧会の絵" であったり、"組曲 ≪展覧会の絵≫" であったり――元のデータを作成した人物・団体の国籍・方針・気分によって言語・表記の揺れはさまざまだが、結局はおなじ曲を表現しているのである。ここは勇気をもって、自分で決めた表記に「上書き」して統一してしまう。"Pictures at an Exhibition" を "組曲 ≪展覧会の絵≫" に変えたからといって、その曲のタイトルが変わるわけでも、別の曲を示すことになるわけでもない。チェリビダッケが演奏してもヤンソンスが演奏しても、再発されてもリマスターされても、EMIから出てもブリリアントから出ても、『展覧会の絵』は『展覧会の絵』である。

『展覧会の絵』の場合は、原典となるピアノ版とオーケストラ版、 さらにオーケストラ版のなかでも編曲者によるちがい、という話がある。これらはぼくの場合は版(EDITION)で管理するようにしている。 Emerson, Lake & Palmer の演奏は、いまのところはまったく別の曲扱いにしている(笑)。

ちなみに、ぼく自身は、楽曲の名前については以前は英語・ドイツ語が混在していたところを、家族も使うことを考えて、あるときすべて日本語に統一した。それは最初はちょっと大変だったけれど、クラシック音楽の場合、演奏はたくさんあったとしても、曲はおなじというケースが多いので、入力済みのデータを参照して編集できる環境があれば、編集はどんどん楽になっていった。いまでは――幸か不幸か――クラシックでまったく新しい曲に出会うというケースはあまりないので、たいていは過去に入れたデータを貼りつけるだけで済んでいる。

人名

あと、個人的にひとふんばりしたのは、作曲者・演奏者名である。こうした人名は、姓だけであったり、名-姓であったり、姓-名であったり、もとのデータや言語によってまちまちだった。いろいろ考えて、これを基本的には “姓, 名” として統一した。たまたま日本語で一般的な並び順になるが、これはべつに日本語を意識したことではない。

ある人物を特定するのに、もっとも大切な情報は姓であり、名は姓が重複した場合(スカルラッティ親子とか(^^;)以外は、あまり必要がない。演奏者や作曲者を一覧で表示する場合も、並び順は姓で並べたほうがわかりやすい。つまり “姓, 名” で登録しておけば、そのまま並べればいいので簡単だ。また姓だけを取り出す際も、文字列の先頭からカンマまで取り出せばいいので、比較的簡単な処理で対応できる。並び順を決めておけば、これをあとで “名 姓” にするのも、 ”イニシャル. 姓” にすることもできる。実際、一時期はfoobar2000用のプラグインを作成して、そういう表示ができるようにしていたこともある(いまは自作ソフトにそういう機能を組み込んでいる)。

人名や団体名を統一することで、アバドの演奏は、とか、シカゴ交響楽団の演奏は、というように簡単に引き出せるようになった。

§

こまかい話も含め、いろいろと書いた。PCでオーディオする魅力は、高音質とか簡便とかいろいろ言われているが、個人的には、大量の音源をデータベース化し、自分の連想や興味の赴くままに、ジャンルを問わずさまざまな音楽を引き出せる、という点の魅力もきわめて大きいと感じている。

いっぽう、実際に何百枚か千枚かのCDをリッピングしようにも、そのタグづけや整理で挫折しそう、という話も聞く。オーディオとしてのPCはこんなに魅力的な道具なのに――それはとても残念な話だ。音楽という感性直結の情報の整理方法なんて、個人の嗜好や目的・価値観に左右される部分が大きく、すべてその通りというわけにはいかないだろうが、ここに書いたことがなにかの参考になれば、と思う。

 

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2013年2月23日 (土)

クラシック音楽と PCオーディオと タグ データ (その1)

TagEditむかし、楽曲(CD)を管理するデータベース・アプリケーションを作成したことがある。そのソフトはさまざまな課題を残したので結局は公開できずに終わったが、そこでは、きちんと正規化したデータベース・テーブル群を用意して、アルバムや作曲家、演奏者を手入力して管理するようにしていた。むかしの話である。

時代は変わって、楽曲に関する情報は、データベースで集中管理するのではなく、PC上の楽曲ファイル自身に、タグデータ (メタデータともいう) として持たせるようになった。そうして、自然にその “きちんとした” データベース・ソフトの出番はなくなり、楽曲のタグデータを参照するようになった。


さらに、これまでの数年で、このタグデータは、ぼくのなかでは「ちょっとした付加情報」から「きわめて大切なデータ」に変わった。

そのきっかけは、foobar2000がMedia Libraryで強力で高速な分類機能を提供してくれるようになったこと、おなじく強力な編集機能によって、複数の楽曲に対して統一的な値を設定しやすくなったこと、が大きかった。つまり、タグデータを用いて楽曲を集中管理できるようになったのだ。foobar2000だけでは不足している機能については、自分でもいくつかのツールを作成もした。また、これはfoobar2000が契機になっているかどうかはわからないのだが、趨勢としてひとつのタグに複数の値を設定できるようになったことも重要なポイントとなった。

そして、時をおなじくして大量の楽曲をPCに置いた結果、ディスク上のフォルダ分類だけではなかなか直感的には「目的の音楽」が見つけられなくなるに至って、 本格的にデータを整理しようと思い立った。

問題は、クラシック音楽である。一部のジャズやロックでもおなじような課題を抱えることがあるが、クラシック音楽には特有の課題がある。 たとえば、

  • ひとつの楽曲が、複数のトラックに分かれている(楽章別とか)
  • ひとつの演奏には作曲者と演奏者という、役割のちがう重要なキーパーソンがいる
  • さらにひとつの楽曲・ひとつの演奏(=ひとつのファイル)を特定できたとしても、そこは複数の演奏者が関わっている(指揮者、オーケストラ、独唱者...)
  • 楽曲名だけでは演奏/アルバムは特定できない(たとえばムソルグスキーの 『展覧会の絵』には、たくさんの演奏者による何枚ものアルバムがある)

こうした特性から、大量の音源を管理しようとしたら、旧来のアルバム(CD)という単位だけでの管理ではなくて、そもそもの考え方の見直しと、タグ データでの管理がどうしても必要になってきた。

アルバム(CD)という単位は希薄で良い

そう考えるに至った(笑)。

もちろんアルバム(CD)という単位は管理するには便利なまとまりであり、どうでも良いわけではない。とくに、ある目的でもって特集されたアルバム、たとえば演奏家や作曲家をキーとして集めた小品集とか、ライヴのように、制作者が一連の流れを意識して曲順が組んだアルバムなどは、アルバム単位で聴くことに意味がある。また、アルバムのジャケットは、後々までその演奏を認識する上で重要なアイコンとなる。ハードディスク上のフォルダ構成も、アルバム単位が容量として大きすぎず小さすぎず、やはり便利である。

しかし、最近のボックス・セットなどの場合、CD 1枚の容量に応じて1曲が分断されていたり、つづけて聴くことにあまり意味がなさそうな曲がつめこまれていたりする(それはそれで嬉しいのだが)。

そのときに大切なのは、CDというメディアの『チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル フランス・ロシア音楽集 Disc 3』という情報ではなくて、「チェリビダッケとミュンヘン・フィルによるムソルグスキーの『展覧会の絵』を聴こう」と思う、ということだ。

その演奏が収録されたパッケージは、時代が変わり、リリース形態が変わると、アルバムという単位もまた簡単に変わってしまう。大切なのは、そこに収録されている演奏そのものである。

演奏を引き出す情報が大切

そうすると、ある演奏を引き出すためには、CD棚を順番に見ていくのとはちがい(それはそれで楽しいプロセスだが)、作曲者、演奏者、楽曲名、ジャンル、年代、そういった情報がきちんとタグづけされて、このタグ情報をもとに探せることが重要になる。とくに、演奏者のタグ(PERFORMER)には、複数の名前を登録できる必要がある。

たとえば、上の『展覧会の絵』の場合、聴きたくなる動機は、ムソルグスキーの『展覧会の絵』そのものを聴きたい場合もあれば、そうではなくて、チェリビダッケの指揮するなにかを聴きたい場合もある。その両方が大切な場合もある。あるいはたまたまミュンヘン・フィルのことを調べていて、ミュンヘン・フィルの演奏を聴きたくなる場合もある。

ここ数年使いつづけてきて、大切だと思う情報はだいたい決まってきた (以下、[] 内の英語は、FLACでのタグ(メタデータ)の名称)。

  • 検索するときに大切なタグ (ほぼ必須)
    • 作曲家 [COMPOSER]
    • 演奏家 [PERFORMER]
    • アルバム名 [ALBUM]
    • 楽曲名 [CONTENT GROUP]
      (...決して [TITLE]ではない)
    • ジャンル [GENRE]
      (...これも複数必要! )
  • 楽曲を管理するときに大切なタグ (あれば良い)
    検索に使用するタグに加えて、
    • レーベル [ORGANIZATION]
    • 録音日 [DATE]
    • リリース日 [RELEASETIME]
    • 入手した日 [PURCHASEDATE]/[ENCODINGTIME]等々...
    • 版 [EDITION]
    • 作品番号 [OPUS]
      (たまに、ある作曲家について作品番号順に並べたくなる(笑))

「その2」で、もうすこし詳しい話をしようと思うが、こうして自分で使用するタグとその意味を決めておくことがポイントになると思う。もっとも、一度決めた使い方も、さまざまな楽曲のデータを整理していくにつれて例外に出くわして、揺らいでしまうこともままあるのだが。

 

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2013年2月10日 (日)

TEACの DSD 再生可能な DAC, UD-501

UD501ひさしぶりにオーディオ機器に変化があった。 TEACのDAC (DAコンバータ)、 UD-501を購入したのだ。

これまで使用していたDACは、以前ご報告したとおり、英国CHORDのDAC64 mk2。気がつけば、導入からずいぶんと時間が経った。このDAC64は当初から192kHzのサンプルレートに対応しているなど、いまでも充分に通用するスペックを誇っているから、あまり古くなった気がしない。音も全面的に気に入っている。

なのに、新しいDACを導入した理由はふたつ――ひとつは、使い勝手をもうすこし改善したいと思っていたこと。そしてもうひとつは、最近流行りだした、ハードウェアでのDSD再生を試してみたかったのだ。


「使い勝手」の部分というのは、これも以前にも書いた、たとえばサンプルレートが切り替わったときのDAC64のポップノイズ。自作のPC再生環境では、周波数が切り替わったときに自動的にアンプをミュートする、などの工夫はしていたのだが、やはりそれも無理矢理感は否めない。

そしてDSD。ここ1,2年のDSDの思いがけない勃興は、本当に目覚ましい。ぼくもご多分に漏れず、この1年のあいだにDSDを88.2kHzのPCMに変換する形の再生環境を整えていた。音源の価格、容量、あるいは使い勝手の面で、今後DSDがメインストリームになっていくとは思えない部分もあるが、せっかく素晴らしいフォーマットなのだから、これを楽しまない手はない。

§

選んだのはTEACのUD-501だった。決め手は、2基のトロイダルトランスによる「しっかりとした電源」と「頑丈な筐体」であるということ。Goldmundの例を見るまでもなくオーディオ機器の真髄は、電源と制振――と外観――に決まっている(笑)。そして、日本メーカ製であること。価格。

日本メーカ製である点は、CHORDでの不満だった使い勝手の面での不満解消を期待してのことだった。それはおおむね期待どおりだった。DSDの再生時には、PCMからの切り替えかどうかに関係なく、ごく小さく「プツ」というノイズが聞こえる。気にしていれば聞こえるが、気にしていなければ聞こえない、という程度の小さなノイズだ。念のためTEACに問い合わせてみたところ、TEACでもその現象は確認しており、その上で「これがもう限界」とのことだった。それはそれで納得した。PCMでサンプルレートを変更しても、DSDに変更しても、さらにPCMに変更したとしても、その極小さな「プツ」以外は不快な音を出すこともなく、まったく安定している (再生はすべて、foobar2000と自作ソフトでASIO 2.1を使用)。これは立派なことだ。さすがである。

価格は…この時期に、デジタル機器、とくにDACを購入するというのは、むずかしい決断だ。これからしばらくは、時間がたつにつれ、より魅力的な製品、すぐれた性能の機器が登場してくるに違いない。実際、購入にあたっては、たとえば MYTEK DIGITAL のStereo192-DSD DACや、購入当時はまだ発売されていなかったもののLuxmanのDA-06、あるいはCHORDの製品群など、あれこれと悩んだ。もちろんそこには、本来DACの心臓部と言える、DACチップの構成もかかわってくる。結局このUD-501を選んだのは、上に書いたように、オーディオの基本と思っている電源と筐体がしっかりしていること、そしてなによりも、それほど深刻にならなくても買える――すくなくともスピーカーのB&W 802Dなどに比べれば――価格だったということも大きい。

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じつはUD-501は、昨年の11月2日にはもうぼくのところに届いていた。11月上旬発売と言われていたから、いわゆる初期ロットなのだと思う。

A4サイズのそこそこ扱いやすい大きさと、デジタル機器としては異例のずっしりとした重量。太いケーブルを使っても、ケーブル負けすることがない(笑)。デザインは…「すばらしい」とは言わないが、悪くはない。パネルの質感は、カタログ写真よりも実物のほうが良い。ツマミも見た目はまずまず、ただし実際にさわってみた感触は、いかにも中空です、という軽さが感じられるのは残念。価格から考えると、これは致し方のないところなのだろう。電源のトグルスイッチは意外と感触が良くて気に入った。両サイドのパネルはアルミ製で、制振にひと役買っているのだと思うが、まるでラックマウント機器のパロディのように、ハンドルが前面に飛び出ているのは、どうも理解に苦しむ。

動作は、すでに書いたように、きわめて安定している。前面に有機ELディスプレイがあるので、どのモードで動作しているかひと目でわかる。本体やPCの設定をいじっていて、うっかりちがうモードで動作していた、なんていうこともない。PCMもDSDも簡単にフィルタの特性を変更することができ、さらにPCMはアップサンプリングも行える。遊べる要素には事欠かない。

Thumbnail-Abbado-Mozart肝心の音質は――繊細で透明感のある、高解像度の美しい音である。定位も明快だ。アバドが若いモーツァルト管弦楽団と演奏した、モーツァルトの交響曲集などを再生すると、その鮮明な音にハッとする。

使いはじめてしばらくは、詰まったような感じがしたものの、鳴らしつづけたことで、すっきりと抜けて感じられるようになった。また、最初は「詰まった感じ」を払拭したくてPCMをアップサンプリングして聴いていたが、いまは、すこし尖った感じを出したくて、アップサンプリングなしに設定している。

UD-501の音色は、DAC64で気に入っていた骨太で弾力感のある音色――一部ではそれは時代遅れとも言われている――とはちがうものだ。今回のUD-501の購入で、ひょっとしたらDAC64は引退かとも思っていたが、この音色が捨てられず、いまも現役でUD-501のとなりにいる。だが結局、ふだんはUD-501ばかり聴いている。休日の昼間、大音量で鳴らしても、2基のトロイダルトランスのおかげか音はがっしりとしており、低域には芯が感じられる。世界観のちがうDAC64と比較をしなければ、UD-501はほぼ不満のない音だ。これで実売8万円~9万円というのは、お買い得だと思う。

そしてDSDは、世間で言われている通り、PCMに比べると、音はよりしなやかになる。余韻やホールトーンがふわっと感じられるようになり、それは奥行き感にもつながる。もちろん解像度は落ちない。とても気持ちが良い。

残念ながら、去年の10月から、著作権法の改正によってSACDからのリッピングは、たとえそれが私的なものであったとしても、非常に厳しいものになってしまった。こうなると、こうしたPC+DACで高音質の音楽を楽しむための頼りは、もはやSACDというパッケージメディアではなく、ダウンロード販売ということになる。法の狙いとは逆のいささか本末転倒のような気もするが、法は法なのでいまは仕方がない。

ノルウェイの “2L” というレーベルでは、すばらしいことに、同一音源をテスト用にDSD, FLAC(PCM)などの各種フォーマットでダウンロードできるようにしてくれている (そしてもちろん、ダウンロード販売もしている)。オーディオの趣味用としてこうした活動は本当にありがたいが、音楽を聴く趣味として、もっとふつうに、簡単に、幅広く高音質の音楽を楽しめるようにならないものか、と思わずにいられない。

 

Annotations :
TEAC UD-501
Link : TEACのサイト
2L: the Nordic sound
Link : http://www.2l.no/

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2009年12月 6日 (日)

foo_NowPlaying.gadget (foobar2000 用ガジェット)

foo_NowPlaying.gadget 先日通りすがりさんからリクエストをいただいたのと、ときどき某掲示板で話題にしてもらっていることもあるようなので、Windows 7 / Windows Vista 用のガジェット foo_NowPlaying.gadget を公開しました。

この foo_NowPlaying.gadget は、フリーのプレイヤー・ソフト foobar2000 用の Windows ガジェット (サイドバー・ガジェット) です。このブログの右側に、foo_NowPlaying.gadget 用のページへのリンクがありますので、そこからダウンロードできます。

foobar2000 の Version 0.9.5.3 以降で使用した実績がありますが、現在はもっぱら、自分で使っている Version 0.9.6.9 で動作確認しています。

また、このガジェットの動作には、foosion氏作成の COM Automation server "foo_comserver2" が必要です。 foo_comserver2 は、ここからダウンロードできます。使用しているバージョンは、この記事を書いている現在最新の、0.7 alpha 6 です (長いあいだこのバージョンのままのようです)。


foo_NowPlaying.gadget は表示専用のガジェットです。このガジェットから操作できることはほとんどありません。表面をクリックすると、 foobar2000が起動していなければ起動します。逆に起動していれば「アクティベート」します。アクティベートというのは、こちらの期待としては foobar2000が隠れたり最小化していれば前面に表示されてほしいのですが、なぜかそういうようには動かないこともあるようです(^_^;。

演奏中は、その楽曲とおなじフォルダに画像があればランダムに表示します。またそれ以外に、Associated-Images と呼んでいる、"連想画像表示" 機能があります。これは、演奏中の楽曲から単語を抜き出し、その単語に合致する画像を、特定のフォルダの下から自動的に探してきて表示するものです。たとえば、あるフォルダに "otter.jpg" を置いておき、このフォルダを設定画面の Associated-Images Folder として指定しておくと、Otter が歌っている曲を演奏中、otter.jpg など "otter" をファイル名に含む画像を探してきてランダムに表示します。ただし、もちろんこの場合には、楽曲の Title、Artist、Performer などのタグのどこかに Otter の名前が入っている必要があります。

このガジェットを作成した経緯は、「foobar2000 と Windows Vista サイドバー ガジェット」と「foobar2000 と Windows Vista サイドバー ガジェット (その2)」に長々と書いたので、ここではくり返しません(^^;。このガジェットがお役に立てれば幸いです。

 

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2009年6月21日 (日)

『レコード芸術』名曲名盤300 と PCオーディオ

932905 途中で数年間のブランクがあるとはいえ、雑誌『レコード芸術』をかれこれ20年以上読みつづけている。ここ数年は定期購読にしているので、買おうかどうしようか迷うヒマもなく毎月届く。クラシックレコード業界の不振で目新しいニュースが少なく、いっぽうでインターネットで速報的なニュースが簡単に手に入る状況で、こうした月評主体の雑誌を購入する意味はあるのだろうか、と自問することも正直なところ少なくない。言葉は悪いが「惰性」で買いつづけているようなところもある。

ただ、こうした雑誌というメディアでしか手に入らない情報もある。それは、きちんとコストをかけた特集記事だ。「コストをかけた」というのは、多彩な有識者による多角的なデータや分析、論評に支えられた記事という意味だ。インターネットで無償で手にいれられる記事は、まさにこのブログのような一個人の独り言だったり、広告収入を前提とした記事だったりして、情報としては有用ではあるけれど、どうしても矮小化、希薄化している。それらをつなげて熟成させるのは読み手の意識なのだが、それだけではどうしても――すくなくともぼくの場合――ある一定の限界のなかに収まってしまう。


その点、雑誌など有償の情報の内容の濃さは、いうまでもなく無償の情報とは比較にならない。話が逸れる上に妄言のようなことを言うようだけれど、若い連中の仕事を見ていると、なにか技術的な課題があったとき、インターネットの検索だけに頼って解決しようとする傾向が強くなっているような気がする。有償の情報を上手に使えなくなっているのだ。一時期言われた「Google の検索でヒットしなければ、この世に存在しないのと同じ」というようなことを「信じている」というよりは頭からそう思い込んでいるような気がする。実際はもちろんそんなことはない。大きな本屋に行けば、上質で密度の濃い情報はたくさん――そうでない情報も事実としてたくさんあるが――並んでいる。

話をもどそう。だから、『レコード芸術』誌には今後もぜひとも特集記事でがんばってほしいと思う。この内容は、個人ブログからもHMVのサイトからも、なかなか手に入れられないものなのだから。

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すこしまえ――2009年5月号の特集は「新編 名曲名盤300①」だった。

『レコード芸術』は数年に1回、数ヶ月にわたってこの「名曲名盤」の特集記事を組む。前回は2001年だったようだ。いつもこの特集がはじまると、ネタ切れとマンネリの様相が感じられ、正直なところがっかりする。これまで真剣に読んだ記憶もあまりない。

ところが今回は、なぜか面白くて何度も読み返した。なぜ面白いのか、自分でもよくわからなかった。第1回の5月はバッハからベートーヴェンまでが取り上げられている。思いがけない演奏家がランクアップしているわけでもなく、たとえばバッハで見ると、端的に言ってしまえば声楽はリヒター鍵盤はグールドである。そうめずらしい結論でもない。あえて言えば、今年バッハの講評を担当されている矢澤孝樹氏の文章は、かすかに独善的なきらいがあるけれど、それ故に読んでいて面白い。でもだからといって、それだけで特集全体が底上げされて面白くなった、ということでもない。

いろいろ考えているうちに、それは、PCオーディオになって聴きくらべが簡単になったからだという気がしてきた。

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以前 Windows Vista化する話のときに大騒ぎして書いたとおり、ぼくのオーディオ・プレーヤーはPCである。それはもう何年も前からそうなのだが、プレーヤー・ソフトとして愛用している foobar2000 の Media Library が最近劇的に使いやすくなり、「録音データベース」がより簡単に使えるようになった。

TMD-Title じつはむかし、おなじように録音データベースを扱うソフトウェアを作ったことがある。それなりに手間ヒマをかけ、われながらまあまあのものができたのものの、ドキュメントを用意するのが面倒で(爆)、結局公開せずに終わった。このソフトは外部にデータベースを持つ方式で、演奏の情報だけでなく、コメントも記録することができ、データのリストをシステム手帳など小さいサイズにきれいに印刷できるのがウリだった。その機能は言うまでもなく、店頭でおなじCDの二重買いを防ぐためだ。

これはこれで個人的には充分使えていたのだけれど、やがて時代はかわり、CDはインターネットで――つまり自分の部屋で――買うようになり、一方で楽曲の情報はその楽曲自身がタグ情報として保持することが一般的になった。foobar2000 は、そのタグ情報をデータベース化し、高速で簡単に検索できるようになっている。最初はこの機能をオマケ程度に考えていてロクに活用もしていなかったのだけれど、Version 0.9 以降になってユーザインタフェースが一新され、それにあわせて使い勝手もグンとよくなった(ひょっとしたらぼくが知らなかっただけで、それ以前のバージョンでもおなじように使えていたのかもしれない)。タグ側の形式も、ID3v2でUnicodeが一般化して多言語が扱えるようになり、ひとつのタグに複数の値を書き込むこともできるようになってきた(クラシックの場合、演奏家を記録する場合に必須だ)。

こうしてPC内のデータを整備すると、たとえばバイエルン放送交響楽団の演奏は、とフィルターで入力すると、指揮者やレーベルを超えて、瞬時にこのオーケストラによる録音をリストアップさせることができる。自分でもこれだけ録音を持っていたのかと驚く。あの演奏はこのオーケストラだったのか、と再発見もする。もちろんそのまま演奏もできる。なにか調べたいことがあって検索したいときに、その効果は絶大だ。

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もちろん、PCを使おうがどうしようが、「聴きくらべ」はむかしからクラシック音楽の楽しみのひとつだった。ある楽曲を、さまざまな演奏家が自分なりの解釈をもって演奏する――ぼくのような聴き手は、その楽曲だけでなく、演奏家の個性や新しい解釈を楽しみにもしている。だから新しい録音が出ればついつい買ってしまう。

最近のCDの廉価化が深く関係していると思うけれど、手持ちのCDも飛躍的に増えて、だんだん棚から探し出すのも面倒というかむずかしくなってきた。『レコード芸術』の特集で名曲名盤300のリストをながめていても、その録音を持っているかどうか、記憶が覚束ないありさまだ。

PCに記録してあると、そういうことはあまり悩まなくてもいい。この特集でバッハの平均律クラヴィーア曲集はグールドが第1位だったことにすこし驚き――考えてみればあたりまえの結果なのだろうけれど、自分のなかではリヒテルの演奏が別格で位置していたので――あらためて自分が持っている録音をリストアップしてみると、リヒテル2種、グールド、シフ、グルダの録音が出てきた。グルダの演奏は持っていることも忘れていたし、かつても1回くらいしか聴いていないはずだ。そのグルダは今回の特集では第2位に輝いている。

早速、これらの演奏を mp3 に変換して iPod に入れ、通勤中に1ヶ月以上かけて全員による平均律クラヴィーア曲集の全曲演奏会をやった。馬鹿げているようだが面白かった。グールドの演奏もグルダの演奏も聴いたのはひさしぶりで、それぞれの演奏について、思うところ・再発見したことはいろいろあったけれど、それはまたべつの話にしよう。

こういうデジタル技術の「軽さ」は、とてもいい。ひとむかしまえだと夢のようだったことができる。『レコード芸術』の「名曲名盤300」の特集は、こういう時代に、ひょっとしたらもっと面白くなってくるのかもしれない(笑)。

 

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2009年5月 6日 (水)

スピーカー・ベースの製作

SpeakerBase リビングのテレビを新しくした――わが家もついにデジタルに対応した――と同時に、テレビ台も新調した。

このテレビ台、数ヶ月かけて家具屋をまわってみたものの、なかなか好みにあうものを見つけられず、結局インターネットでオーダに応じてくれる店を見つけて、そこにお願いすることになった。2月に発注して、届いたのは4月初め(そのあいだ、以前書いたようにとても忙しかったので、「待った」という感覚もほとんどないままに届いた)。作ってもらったテレビ台は、形はよく見かける横幅の広いボード型のものだが、突き板の色や天板の材質、センタースピーカーを置くスペース、収納力といった条件を気にして選んでいたら、オーダメイドになってしまったという感じだった。


横幅を広くしたのは、見た目と収納力を考えてのことだが、その結果いままでスタンドに乗せていたブックシェルフ型のスピーカー、B&W の CDM1SE の場所に悩むことになった。テレビ台の前に出すということも充分考えられたのだが、家族の生活の便などを考えて、テレビ台の両翼に乗せることにした。それで、天板の材質を変えてもらった。標準でハニカムコアのフラッシュ構造のものを使用しているところを、MDFに変えてもらったのだ。本当はウォールナットの集成材にしたかったのだけれど、かなり価格が上がってしまうので断念し、MDF+突き板にして重量をかせぎ、スピーカーを置く土台になるようにした。

ただ、その上にそのまま CDM1SE を置くわけにはいかない。見た目がみっともないし(笑)、高さも足らない。それでスピーカー・ベースを作ることにした。

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モノは冒頭の写真で見ていただいたとおり、簡単なものだ。

大切なポイントのひとつとなる木材には、サザンイエローパインを使った。以前 ALR/Jordan の Note 7 のスピーカー・ベースに使っていたのも、このサザンイエローパインだった。硬度・強度が高く、木製ジェットコースターの構造材にも使用されている。重量もそこそこあり、それでいて安い。どこにでも売っているというほどメジャーではないけれど、ホームセンターでも探せばウッドデッキ用として扱っているところがある。

ぼくもホームセンターでツーバイフォー材のサイズで売られているものを購入した。約2mで700円くらいだった。室内の家具用とか工作用とかそういう扱いではないので、仕上げは決してきれいではない。たいていは節が入っているし、反ったり割れの入っているものも多い。節は見かたによってはそれを楽しむこともできるけれど、反りや割れを修正するとなると大変なので、まずは木を選ぶところが大切だ。

材料を選んだらそれをカットしてもらう。いつも思うが、ホームセンターでのパネルソーによるカットはちょっとリスキーだ。切断面が粗いし、焦げてしまうことも多々ある。またセットのしかたによって寸法の誤差も出る。これは店員さんのモチベーションによるところが大きい。ただ、どうであれ、こういう材料は自分で切るよりはパネルソーで切ってもらったほうが直角を出せるし、寸法面でも今回は誤差はあまり問題にならないので、ホームセンターで切ってもらった――ら、いちばん大切な中央の梁になる部材だけが、なぜか斜めに切れていた(爆)。これは泣けた。いったいどうしたらパネルソーで斜めに切れてしまうのかよくわからないのだが、帰って組み合わせてみると、どう見ても切り口が斜めになっている。まあ、自分の労を惜しんで他人にお願いしたのだからしかたがない、と思いつつ、これはヤスリで修正した。それだけで半日かかった。カンナがけという方法ももちろんあるけれど、ぼくの技術では木口のカンナがけはむずかしい。

ちなみに、ぼくのような素人がきちんと精度良く切ってもらおうと思ったら、東急ハンズがお勧めだ。決して安くはないけれど、精度、品質とも次元がちがう。以前オーディオラックを作ったときには、東急ハンズでお願いして、その仕上がりには感動した。

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l-30塗装のために、目の細かいヤスリで全面を磨く。今回は、紙/布ヤスリだけでなく、NTカッターのドレッサー(中目)を使った。目詰まりせず、力も入れやすい。価格が高いのでコストパフォーマンスとしてどうか、というのは微妙だが、紙/布ヤスリをつぎつぎ使い捨てていくことに比べると、手間も精神的にも楽だし、途中で足らなくなって走らなければならないようなこともない。このドレッサーは中目なので、だいたいこれで表面を整えたあとは、#240~#320くらいの布ヤスリで仕上げる。モノによってはさらに#400とかそれ以上のものも使用する。今回はスピーカー・ベースなので、それほど表面を滑らかにする必要もなかった。

ヤスリがけはその後の仕上げを左右する大切な工程だが、粉まみれになるし、力もいるし、時間のかかるつらい工程でもある。いつも「つぎこそは電動サンダーを買おう」と思う(でも買ってない。次こそは...)。

今回のスピーカー・ベースは小さいものなので、塗装の前に組み上げを行った。全工程中、もっとも簡単な作業だ。現物の寸法を確認して、中心部の梁の位置を決め、水平と直角ができるようにテーブルに簡単な治具を配置して、木工用ボンドで止める。そのままでも実使用上は問題ない強度で接着できるのだが、今回はさらに梁に対して両側から6cmの長い木ネジを入れて補強した。これだけの長さの木ネジになると、さすがに力がいるし、材料の割れも心配なので、あらかじめドリルで下穴をあけておいた。

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最後に、木工でもっとも気を遣う塗装作業となる。過去数えきれないほどの失敗を経て、ぼくの塗装方法はもうパターン化している。オイルステインで着色し、そのあとでクリアラッカーを塗るのだ。この方法だと手軽なわりに、塗りムラなどの失敗が少ない。

事前に、カットであまった端材に塗装して色味を見た。サザンイエローパインはその名のとおり黄味が強く、またあまり吸い込みもよくないので、薄めの発色となる。マホガニーも考えていたのだが赤みが強く出すぎることもあり、結局テレビ台と同系色のウォールナットにした。オイルステインはホームセンターで簡単に手に入る和信ペイントのものを使っている。

オイルステインの塗布は簡単だ。ハケで均一に塗布したあと、ウェスで塗りこむようにしてふき取ればいい。ただしムラが出ないわけではなく、調子に乗って適当にやっていると、濃淡が出てしまうので注意は必要だ。その日はステインの塗布だけにして、ひと晩乾燥させた。

オイルステインは着色剤なので、それだけでは光沢は出ない。出なくてもいい場合はそれで完成だ。それだけで終わらせたものも過去にはいくつかあるけれど、ぼくの場合はすこし光沢感が欲しいので、上からクリアラッカーを塗る。

翌朝そのクリアラッカーの塗布を行った。これも和信の製品で、2倍程度に薄めて、3回塗りを行った。強い光沢感を求めているわけではないので、このくらいがちょうどいい。以前はサンディングシーラーを使用したこともあったけれど、そうすると本当にテカテカになってしまって、結局シーラーは一度しか使用していない。

クリア・ラッカーのいいところは、乾燥が速くて作業効率がいいことだ。これはぼくのようなせっかちな人間にはとてもありがたい。2回目と3回目の塗装のあいだには、平滑化のため簡単に#400の布ヤスリをかけておいた。

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結局、2日程度でスピーカー・ベースは完成した。材料の切り出しがもうすこし正確にできていたら、1日半で終わっていたと思う。

設置してみた感想は――ガタツキもなくスピーカーの下に収まった。見た目も実際も安定している(よかった)。収まってしまえば、そう存在を主張することもなく溶け込んでいる。音は?――まあふつうだ(笑)。

 

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2008年12月30日 (火)

1週間だけの引っ越しと電源200V化

200V 秋の運動会から今日まで、とても忙しかった。去年は去年で思うところがあり、一念奮起して担当者の仕事に戻って腕が痛くなるほどコーディングをして、要するに仕事で忙しかったのだが、今年はプライヴェートな生活が忙しかった。

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ことの発端は、そろそろ築10年になろうかというウチのマンションで、いまさらながら不具合が発見されたことにある。

いったい誰がどうやって発見したのかいまもってよくわからないのだが、外壁と内壁(石膏ボード)のあいだの吹きつけ発泡式の断熱材が規定の厚さに達していなかったのだという。調べてもらったらわが家もそれに該当していた。20ミリのはずが17ミリだった、とかいうレベルで、たいして断熱性能は変わらないといいつつも、不具合にはちがいないので、無償でやり直すという。「やり直す」と簡単に言っても、約1週間の工事期間中は家を空ける必要があり、家具は業者が移動するものの、その中身は住人が空にしておかなければならない。そのあいだの住居は、業者が借り上げたマンション内の空き住居を使用することになるので、その住居に生活に必要なモノも自分で移動させなければならない。


うちのマンションは数棟から成り、大規模マンションといえる規模だと思うが、ほとんどの住居がこの不具合に該当したということもあり、工事は1年以上かけて行われている。工事のあと業者が無償で壁紙をすべて新しいものに張り替えるとあって、マンション全体がにわか「壁紙バブル」の様相を呈している。10年ほど経過して、そろそろくたびれてきたかも、というころになって、無償で壁紙を新しくしてくれるというのだから、それは考えかたによっては願ってもない話だ。

わが家はといえば、このあいだ横浜からもどって、数十万円かけて内装をやり直したばかり(爆)。いまさら内装が新しくなったって、べつにそううれしいわけでもない。数ミリという断熱材の差と、「家じゅうのものをすべて箱詰めして1週間だけ引っ越す」という途方もない手間を天秤にかけて、くよくよと悩んだ。ぼくは――もちろん――咄嗟に、B&Wの802Dの移動のことを心配した。そしてうんざりする量の本とCD。それを収納する大きな書棚。天井のQRDモドキ。水槽....。

結局、半年以上前に工事を申し込んで、この年末にようやく順番が巡ってきた。

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工事と引っ越しそのものは、予想どおり大変だった(笑)。年末ということで、引っ越し以外にもさまざまなことが重なったということもある。あと十年か百年くらいしたら笑って話せるかもしれないけれど、いまはまだそのインパクトが残っていて、とてもそんな気になれない。夜中の0時すぎ、水槽とその配管やバケツを台車に乗せて移動させる姿は、異様すぎて誰にも見られたくないものだった。

いちばん心配した、スパイクつきで片側80kgのスピーカー B&W 802Dは、なんとか人も家も自分自身も傷つけることなく、べつの部屋に移動して、1週間後にもどってきた。持ちあげて扉をくぐろうとするときに、うっかりダイヤモンド製の頭(笑)を枠にぶつけそうになって息を呑んだりはした。GOLDMUND のアンプとCHORDのDAC64は、つまらない事故を避けるために、あらかじめ自分で元箱に詰めておいた。

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さて、じつはこの機に乗じて、オーディオ用の電源を200Vにした。まえに、オーディオ用には専用のブレーカをつけている、という話をした。だから、べつにやろうと思えばいつでもやれる話だったのだが、工事のためスピーカーを移動させたすきに、壁コンセントを100Vのものから200Vに交換しやすくなったこと、それから、たまたま機会があってGOLDMUND MIMESIS 18.4MEの200V対応への変更方法を教えてもらったこと、などが重なって、この機会にやることにしたのだ。

ちなみに、おなじGOLDMUNDのプリアンプMIMESIS 27MEは、背面のスイッチで対応電圧を簡単に切り替えられるようになっている。それと、CHORDのDAC64 Mk2はCHORDの誇るスイッチング電源で、100Vから240Vまで自動追従だ。だから、ぼくの200V環境は、トランスで100Vや115Vに降圧して使うのではなく、プリアンプ、パワーアンプ、DACの3大機器に直接入力して使うことになる。

200Vという電圧の意味は、正直微妙だ。ただ、100Vという電圧で使用するよりも、200Vでより少ない電流で使用するほうが力感が得られやすいような気がすること、それから、GOLDMUNDの本国のマニュアルではなぜか、110V設定の場合は 105Vから120V、220V設定の場合は 200Vから240V、で使用するようにと書かれていて、100Vが含まれていないことなどから、100V駆動よりは200V駆動のほうが良いような気がしたのだ。200V化したいという気持ちは強いものの、動機を筋の通った理由で説明しようとすれば、所詮そんな程度の話になってしまう(笑)。前回電源トランスのときにも書いたように、そもそも電源ケーブルをかえて音がかわる、という基本中の基本の話からほとんどすべて、理屈を問えば不思議としか言いようのない話ばかりだから、たいしてコストのかからない 200V化も、その一環として楽しめればそれでいい、というふうに考えたほうがよさそうだ。

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小さい工事でもやってくれる近所の電気屋さんにお願いして、ブレーカーを切り替えてもらった。工事費5千円。事実上出張費だけということのようだ。周囲で壁紙工事が行われているなか、ついでに分電盤もきれいに掃除して、ほかのブレーカーのネジの増し締めをしていってくれた。壁コンセントも、100V対応のPS AUDIOのPOWER PORT――そんなに思い入れのある品物ではない――から、あらかじめ用意しておいた明工社のME2830になった。電源ケーブル側は、おなじ明工社のME7021をプラグとして装着した。とくにプラグについては、もうすこししっかりしたものが欲しかったのだけれど、プラグ形状とメッキの関係から、すぐに手に入りそうなのはこれくらいだった。壁コンとプラグは、いずれもインターネットの電材屋さんから入手した。

10分程度の工事が終わり、電源環境は整ったのだが音は出ない。なぜならぼくの部屋はまだ空っぽなのだ。やがて大きな家具が設置され、802Dももとの場所に収まった。これからの計画はこうだ――家具を据えつけたあと、本やCDをもどすまえに、オーディオ機器の結線と復帰をさきにやって、音出しまでやってしまう。中身のない家具は簡単に動かせるから、場合によってはもうすこしじっくりとセッティングを追い込むこともできるかも。

でもそれは、浅はかな考えだった。

別室にしまってあったアンプを開梱し、さらにはPCも設置した。数時間かけてすべての結線を済ませ、念のためもういちどテスターで電圧設定を確認して、多少緊張しながら電源を入れた。音は出た。それは聴きなれない、残響の強い音だった。

これを読んでおられる貴方と同様、ぼくも聴いた瞬間、なにが起こっているのかすぐに理解できた。空っぽの本棚が響きを増やし、音をぼやけさせているのだ。スピーカーのあいだに空っぽの本棚があると、定位がかなり不明確になってしまう、という当然の事実を、ぼくはこのときはじめて体感した。

この音では、じっくりと追い込むなんて、とても無理な相談だった。結局、その場ではできる範囲での確認と微調整をして、早々に本とCDを運び込むことにした。段ボール箱を積みあげた部屋にいる女房が荷物をとりだし、子供たちにわたす。子供たちは、その部屋とぼくの部屋とのあいだをせっせと往復して荷物を運ぶ。小学生以下だから期待できる献身と熱意。ぼくはそれを受けとって本棚に納める――そんなバケツリレー的作業は休憩含めてさらに数時間かかり、低域の周波数特性を改善してくれる天井のQRDモドキももう一度接着して、復旧したのは次の週末――この週末――のことだった。

§

1週間の引っ越しで、結局、改善できたのは細かい部分だけだった。本棚の側面につけている吸音材をきちんと固定できるようにして、耐震補強をして、以前から気になっていた位置も数cm程度ずらした。絵の位置も壁紙もかえて、すこし気分もかわった。じつのところ、そんな細かい話よりも、家全体として事故や破損、改悪点もなく無事に終わったことの安堵のほうが大きく、改善など望む心境ではなかった。

そんな状況での小さなイベント――200V化の効果はといえば、正直、期待していたほど大きなものではなかった。200V化にあわせて、アイソレーション・トランスをはずしたり、電源ケーブルがかわったり、と、周辺の変化もあったりして、どれがどの効果なのか、というのは一概にはつかみにくい。

Haitink-CSO-Mahler0 ただ劇的な変化がなかったとはいえ、力感とそれに伴う解像度はまちがいなく上がったようだ。マーラーの交響曲第3番、以前紹介したハイティンク指揮シカゴ交響楽団の演奏で聴いてみた。冒頭のファンファーレのあと、静寂のなかで小さくバスドラムの鼓動が響く。このバスドラムの音が、はっきりと明確に聴きとれる。強奏部分でも、以前より余裕で鳴っているように聴こえる。

これがプラシーヴォかどうか、というのは自分ではなかなかわからない。いずれにしても、機器たちは200Vでまあまあ快調に動作しているようだ。これから鳴らしこんでいくにつれ、さらに良くなっていくだろう、という期待は充分に感じさせてくれる。

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