カテゴリー「音楽」の53件の記事

2014年6月15日 (日)

音源とパッケージとダウンロード

img081リマスターの話ばかりで恐縮だが、Emerson, Lake & Palmer の “Brain Salad Surgery” の発売40周年記念のリマスター盤を買った (これには『恐怖の頭脳改革』という邦題がついているが、LP時代から輸入盤を買っていたのでどうもこの邦題には馴染めない…)

さまざまな理由で近年有名な “Tarkus” よりも、個人的にはこの “Brain Salad Surgery” のほうがはるかに好きだ. さきほどLP時代からと言ったけれど、その後、CDの通常版、2001年のリマスター盤、そして今回の2014年リマスター盤で、もう買うのも4回めになる. もちろんWALKMANにも入っているし、TuneBrowserの開発でパワーが必要なときなど、いまでもよく聴いている.

さて、ここでは、この “Brain Salad Surgery” の内容について書こうとしているのではない. 有名なアルバムなので、もういまさらぼくが書くべきこともない。リマスターの内容、質についても書かない。書きたかったのは、収容しているメディアの話だ。


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今回のリマスターを買ってみようと思ったのは、3枚組のうち1枚がDVD Audioになっていることが目を惹いたからだった (DVD Audio形式、あるいはSACDでの発売は過去すでに行われていたようだが、不勉強でそれは知らなかった)。

ではよほどDVD Audioに期待していたんだね、と言われると、でもじつのところはぼんやりした興味があっただけで、そう期待が高いわけでもなかったのだ。

事前のリリース情報によると、DVD Audioには96kHz/24bitの音源が収容されているという。それは良い。それは良いのだが、例の著作権法改正以降、DVD Audioはなんとなく気の晴れない、どんよりとした、さえないメディアという印象になってしまった。たぶん、買ってはみたものの、PCかAVシステムのほうで一回聴いたら、それでオクラ入りになるんだろうな――そう思っていた。

ところが、実際にパッケージが届いてみると嬉しい驚きがあった。DVD Audioには、その本来のフォーマットであるMLPのほかに、96kHz/24bitのFLAC形式が収録されていて、それをそのまま――コピープロテクトを回避するような行為をすることなく――Windows標準のエクスプローラでPCにコピーでき、通常の音源として再生できるのだ。

実際にこの音源をTuneBrowserで鳴らしているうちに、ぼくは俄然機嫌が良くなった。やはりいまどきの音源の企画はこうでないと(^o^)。CDをリッピングするよりも遥かに楽であり、高音質。 “いまどき” に買い替えた価値があろうというものだ。Sony Music、すばらしい

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すべての音源が、こういう形で発売されたらいいのに。と思う。

先日、ベルリン・フィルが独自レーベル “ベルリン・フィル・レコーディングス” を立ち上げると発表した。物理的なパッケージには所有することの満足感が得られるような魅力を与え、本来の商品である音源としては、CD, Blu-ray Audio/Videoといった各種メディア以外に、192kHz/24bit音源のダウンロード権もつけるという。

最初のリリースはラトルによるシューマンの交響曲全集。現地で約€50, 日本では約9千円前後。値段の話で品がなく申しわけないが、最近の音源価格の感覚からすると、決して安くはない。安くはないが、物理的なパッケージの大切さと、音源の自由度を重視した企画、心意気 (そして、レーベルとしてのはじめてのリリースにシューマンをもってくるという凄さ(^^;) に共感して、迷わず予約した。

ここで大切なのは、あくまでもパッケージも含めた総合的な商品企画の勝利だということだ。ぼくはたぶん、ダウンロード音源だけだったらシューマンの交響曲4曲に9千円は出さないだろう。これがWarnerからCD品質でリリースされたらおそらく輸入盤で千円台であり、そちらを買う。高解像度の音源であればオーディオ的興味もあるからそれがうれしいに決まっているものの、日常で楽しむ音楽としてはCD品質でも充分に充足は得られる。その天秤になる。

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いっぽう、音源のダウンロード販売は、ここ数年でDRMつきからDRMなしに転換するという大きな飛躍があって、使い勝手そのものは大変よくなってきた(それに比べると電子書籍は…とつい言ってしまう)。

それでも、正直なところ――すくなくともいまのぼくにとっては――多くのダウンロード販売のサービスはあまり魅力が感じられず、お試しで買ってみる、という以上のところにはなっていない。結局、ずいぶんむかし(2007年)にフィラデルフィア管弦楽団のダウンロード販売について書いたとき以降、魅力的なサービスには巡りあえていないような気がする (フィラデルフィア管弦楽団による独自のサービス提供は現在はすでに終了していて、販売チャネルをiTunes StoreやHD Tracksに移しているようだ)

たまたま、今回はパッケージメディアで、これはと思わせる企画を見つけることができた。物理メディアに縛られないダウンロード販売にはダウンロード販売の魅力が出せるはずだから、これは買おうと思わせるサービス/商品がぜひとも出てきてほしいし、それを楽しみにできると信じたい。

 

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2013年9月 1日 (日)

Mike Oldfield, CRISES TOUR (1983)

CRISES-Mike-Oldfield数年前から、1年に2作品ずつというペースで Mercury が Mike Oldfield の過去作品の再リリースを行っている。

最初はあまり興味を持っていなかったのだが、よく考えればぼくの持っている音源も相当に古い。LPのものはさすがにCDに買い直してあるものの、そのCDにしてもたとえば今回のCRISESは、手許にあるのは1983年にリリースされたものだ (その年に買ったのではないと思うが、CDのカタログ番号を確認してみても、やはりVirginのオリジナルだ)

さすがにいま買い直せばリマスターの恩恵にあずかれそうな感じもするし、特典としてついてくる音源もまあまあの音質のようなので、魅力的な企画に思えてきた。それで、この Mercury の発売ペースにあわせて、買い直すことにした。


今回は、”Five Miles Out (1982)” と “CRISES (1983)” の2作品。届くまでとても楽しみだった。ぼくはこの2作と、つぎの “Discovery” あたりの作品が好きだ。

作品そのものの魅力とか、リマスターの効果とか、語り出したらキリがないのでここでは触れない。 “CRISES” には、特典のひとつとして1983年、ロンドン Wembley Arena での “CRISES TOUR” のライブの一部が収められている。

ぼくが買ったのは2枚組のデラックス・エディションだが、”CRISES” は、ちょうど30周年ということで、ほかに5枚組のBOXセットもリリースされている。この5枚組には長大なライブの全曲が収められている。

アルバム “CRISES” のメインは、同名の “CRISES” という曲である。この曲をライブで聴くのははじめてだ。 TuneBrowser の改修とテストをしながら、さっそくこの曲から聴きはじめた。音楽用のソフトを開発していていつももどかしく思うのは、音楽を聴きたくて開発をしているはずなのに、デバッグやビルドのためにしょっちゅう音楽を止めなければならないということだ。自分用に複数起動を許すという手もあるが、さすがにプロセス間排他のない一元データベースのソフトではそれは危なっかしい。それで、デバッグも佳境になると再生には foobar2000 などべつのソフトを使うことになる。自分のソフトがいちばん使いやすく、内部を知っているがゆえに音も良いと思っているので、これはじつに不本意である。

話がそれた。言い忘れたが、楽曲 “CRISES” は20分以上の大作である。そのライブでの演奏は、荒削りなところも感じられなくはないが、それはライブらしい勢いであり、期待以上だった (期待は禁物と思っていたのも関係しているかもしれないけど(^^;)。音質もFMラジオのような感じで悪くはない。まずは買ってよかったと思った。

“CRISES” は後半から、ミニマルな旋律がひたすらつづくなかで、パーカッションが怒涛のごとく突進していくシーンがある。迫力のあるヤマ場であり、どうしたって盛り上がるところだ。ライブでいったいどれだけこの迫力を再現できるのだろう――そう漠然と考えながら聴いているうちに、15分あたりからドラムスがはじけるような自己主張をしはじめた。おや、と思っているあいだにも、どんどんドラムはものすごいことになっていく。スタジオ録音よりも激しい。しかも鋭いキレがある。

驚いてデバッグの手を止め、ブックレットを確認した。そこには Simon Phillips の名前があった。ああ、と思わず声に出た。それは驚くような話ではない。そもそも Simon Phillips は “CRISES” のスタジオ録音にも参加している。というよりこのアルバムのスタッフのひとりであり、「怒涛の突進」を叩いている本人である。ただぼくは先入観で、ライブでは Simon Phillips ほどの人物は参加しておらず、べつの人が叩いているのだろうと勝手に思い込んでいたのだ。だが聴いただけでこれはタダ事ではないとわかるドラムスで、その存在を強烈にアピールしていた。さすが、と感心せずにはいられなかった。

このアルバム、ほかに Unplugged な “Moonlight Shadow” などいろいろ聴きどころはあるけれど、なんといってもこの “CRISES TOUR” ライブでの Simon Phillips がいちばんの聴きモノだと思う。

Mercury の再発シリーズは、次はいよいよぼくの好きな “Discovery” である。次といってもそれはまた1年後の話になるし、1年後なんてなにがどうなるかわからないから、いまのうちにひとつ自慢話を(^^;。ずっとむかし、ラジオから流れてきた女性ボーカルの知らない曲を聴いているうちに「これは Mike Oldfield の曲にちがいない」と確信し、当てたことがある(^^;v。演奏が終わったあと、ラジオのアナウンスはその美しい曲が “To France” だと教えてくれた。それがアルバム “Discovery” に収録されているとわかると、もちろん、ぼくはすぐに難波のタワー・レコードに買いに走った。難波のタワー・レコードなんて、どれだけむかしの話なんだか、という話だが。

 

 

Annotations :
CRISES-Mike-OldfieldMike Oldfield: CRISES
Original: 1983
Mercury: 374 044-7
Link : HMV
FiveMilesOut-Mike-OldfieldMike Oldfield: Five Miles Out
Original: 1982
Mercury: 374 043-7
Link : HMV

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2013年5月 5日 (日)

FLAC/MP3/DSD 管理・再生ソフト: TuneBrowser

TuneBrowser

先日、まだベータ版ながら TuneBrowser というソフトをリリースさせていただいた。どういうソフトか、というのは、専用のページを作ったのでそちらを参照いただくとして、きちんとしたソフトを開発・公開するのはひさしぶりなので、経緯について、すこしだけ。

以前、ご要望をいただいてfoo_NowPlaying.gadgetというWindows用ガジェットを公開した(国内外からたくさんダウンロードいただいた――多謝)。これはスクリプト主体の比較的「気軽なツール」だったし、それにしてももう3年以上まえのことだ。個人用の小さなツールはいまもなにかと作ってはいるが、今回のTuneBrowser のような「ちゃんとした」アプリケーションは、ほんとうにひさしぶりのことになる。


過去このブログで紹介してきたように、これまでは楽曲の管理・再生ソフトとしてfoobar2000を使っていた。

foobar2000は、開発に携わる者としていまもひとつの目標でありつづける大変素晴らしいソフトだが、ユーザとしては、いつしかプラグインとTitleFormatに疲れるようになっていた。とくに、前回までの記事に書いたようなタグのデータ管理をするためには、長大なTitleFormatを駆使し、それでも足りないところは自分用のfoobar2000プラグインを作成して補っていた。

そのうち、面倒な設定なしで、自分の思うような管理ができるソフトを作ればいいのではないか――そう思うようになった。もちろん、自分で作るとはいってもそれは大変だから、foobar2000以外のソフトも試してみたが、残念ながらこれはと思うものには出会えなかった。

いまから――というのは2010年ごろのことだが――あたらしく作るのであれば、近年のPCのパワーを生かし、できるだけ「棚をながめてCDを選ぶ」ような操作性が実現できたらいい――そう思って開発をはじめた。実際できあがったTuneBrowserはそうなってないじゃないか、というお叱りもあろうかと思うが、ここ2年ほど、ほんとうにざまざまなユーザ・インタフェース、描画方式を試してきて、現在のかたちに落ち着くようになった。まあ、正直なところ「棚をながめてCDを選ぶ」というところには追いつけていないような気は薄々するけれど(笑)。

なおこれは開発手法の話だが、TuneBrowserは、はじめはWTL+Direct2Dで作成していたが、途中で最近のMFCの進化に驚き、MFC+Direct2Dによる開発に切り替えることになった。

というわけで、もともとはTuneBrowserは楽曲管理専門のソフトウェアでスタートしたのだった。当然、選んだ楽曲は聴いてみたくなる。そのために、はじめはTuneBrowserから外部のMPDあるいはfoobar2000を制御できるようにした。

しかしそれでは、どうしても再生に関して細かい制御をすることがむずかしい。そこでBASS Audio libraryを利用して、自前の再生機構をTuneBrowserに組み込んだ。BASSはシェアウェアにする際にライセンス料が発生するが、そう高いものでもない。これはこれで完成した。と思った。

ところが、最近になってPCでのDSDネイティブ再生が手の届くところにやってきた。これは革命的だ、と感激したが、BASSがDSDをサポートする気配はなさそうだった。BASSと心中する (BASSの対応を待つ) か独自の道を歩むか、悩みに悩んで本当に悩んで、結局デコードと再生の機構をすべて自前で作り直すことにした。

すべてとは言っても、もちろんFLACやTTAなどの各音源フォーマットが提供しているデコーダのソースコードは活用させてもらっている。またDSDIFFのDST圧縮のデコードは、ISO の Philips によるリファレンス実装を入手し、内在している不具合を何日もかけて直したうえで使ってみたが、これが性能的にリアルタイムのデコードにはまったく追従できないものだった。結局DSTデコードは Super Audio CD Decoder project がLGPLで公開している改良版を活用させてもらった。DSTデコード以外の部分はすべて自前の処理ではあるけれど, ぼくの数学の能力を考えると, このDSTデコーダがなかったとしたら, DSDIFF形式/DST圧縮のDSDのネイティブ再生は実現できなかったと思う。このプロジェクトの成果は本当に素晴らしい。

ぼくは音楽再生プログラミングの方法論に詳しいわけではない。ただ仕事がら、C++ によるミッションクリティカルなバックエンドの24時間稼働のサーバシステム (≒デーモン/サービス) をたくさん開発してきた経験はある。だから、TuneBrowser のオリジナルの再生エンジンの開発は (心の奥底では(^^;) 勝算のあるチャレンジに思えた。そしてその経験から、デコード+再生の処理・スレッド構成はできるだけシンプルでロバストな構造になるようにして、読み込んだデータを ”クリーン” に保ったまま最小のCPU時間でデバイスへ渡す、ということを心がけた。結果は、ユーザになっていただいた方の耳でご判断いただければ、と思う。

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ちなみに、世の中にはTunesBrowserというソフトがすでに存在している。あちらはLinux用であり、別のソフトだ。まぎらわしいので(^^;名前を変えようかとも思ったが、かといって良い名前も思いつかないので、このままリリースすることにした。

TuneBrowserは、foobar2000の表示や再生に関するカスタマイズが億劫な方、TEACやLuxmanが出しているメーカ製のDSD対応再生ソフトウェアでは楽曲管理機能が物足りないと感じられる方、iTunesではクラシック音楽などで管理できる情報が不足しているとお感じの方、そして、ソフトウェアの再生エンジンによる音質の差に興味のある方は、一度お試しいただければ、と思う。ちょっとドキドキしながら(笑)ダウンロードお待ちしています。

 

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2012年3月11日 (日)

ゲルギエフのラフマニノフ、交響的舞曲

Gergiev-Rachmaninovちょっと期待が大きすぎたのかもしれない。現代バーバリズムの権化のようなゲルギエフがラフマニノフの交響的舞曲を振ったというので、躊躇なく購入したのだが、実際に1回聴いてあれっと思い、気をとり直して翌日もういちど聴いてみたものの、残念ながら印象は変わらなかった。

ゲルギエフが振るというのだから、こちらは「なにか強くて大きくて恐ろしいもの」が、地の底で障害物に突き当たりながらうごめいているような、そして突如として地表に出てきてもんどり返ったあげくに地面に叩きつけられて、大きな穴をあけてまた地の底へ突入していくような、そんなイメージを期待してしまうし、また実際、そう感じさせるところもなくはないのだが、どうも、どことなく緩慢というか、ゆるく感じてしまうのだ。


最近、交響的舞曲といえば、サイモン・ラトルがベルリン・フィルとシンガポールで公演した演奏をNHK-BSで見た。これは映像ソースだったこともあって、あまりちゃんとは聴けていないのだけれど、ラトルらしい軽快さを感じさせつつもメリハリの効いた演奏で迫力もあり、とても楽しく聴いた (3Dのブルーレイで映像ソフトがリリースされている。映像作品としての評価は賛否あるらしいが、それよりもCDで出してほしい)。

もちろん、ゲルギエフにそういうことを期待しているわけではない。期待は上に書いたとおりだ。ただもうすこし緊迫感というか、息を詰めるような迫力を期待したかった。これは、オーケストラの運動能力の問題なのだろうか? オーケストラはLSO――ロンドン交響楽団。LSOといえば《スター・ウォーズ》なのだが、それはまあいいとして、そういう音楽も手がける一流のオーケストラについて、運動能力が、などというのも、たぶん失礼な話なのだろう。

どうにしても、冒頭に書いたように、期待が大きすぎたのかもしれない。ちょっと残念だ。

なおこのCDには、ストラヴィンスキーの三楽章の交響曲が併録されている。ぼくはこの曲のことはあまり知らないが、すくなくとも、以前から聴いているブーレーズの演奏(ベルリン・フィル版と、シカゴ交響楽団の版)と比べると、こちらはとても面白く聴けた。

 

Annotations :
GardinerBach32 ラフマニノフ/交響的舞曲, ストラヴィンスキー/三楽章の交響曲
Rachmaninov/Symphonic Dances
Stravinsky/Symphony in Three Movements
Valery Gergiev, Conductor
London Symphony Orchestra
LSO Live: LSO0688
LSOによる自主制作盤。すっかりおなじみになった。
Link : HMVジャパン

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2010年6月13日 (日)

ガーディナーのモンテヴェルディと、バッハ

Gardiner-Bach また、前回の投稿からずいぶんと時間が空いてしまった。「また」というより、こんなに空いたのははじめてだと思う。そのあいだにあったことについては、いい話はあまりないし、書きはじめるとキリがなくなるので、今回はさらっと、いつものとおり、買ったCDの話をしよう。

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ボックスCDの流行は止まる気配もなく、さまざまなレーベルからさまざまな企画モノがつぎつぎと発売されている。お買い得感だけで選んでいたら全部お買い得ということになってしまうので、さすがに最近はやや慎重になってきた――あまりいい言いかたではないが、目新しくなくなってきた、と言えるのかもしれない。


ジョン・エリオット・ガーディナー (John Eliot Gardiner) と、彼の率いるイングリッシュ・バロック・ソロイスツ (English Baroque Soloists) によるバッハの演奏を集めたボックスセットも、発売されてから興味は惹かれつつも「買うまい」と思っていた。ガーディナーの演奏は、これまでほかのCD聴いたことがないわけではないが、イギリス人で端正な顔立ち、というイメージ通りの真面目で端正な音楽をやる人、という程度の安直な認識しかなく、つよい興味をもったことがなかった。聴いた機会も、宗教音楽か、古楽器系の伴奏という程度だった。

DG111 それが、べつのボックスセットにたまたまガーディナーの演奏が入っていて、それを聴いているうちに、すこし考え方が変わってきた。そのボックスセットというのは、右の画像の通り、DGの111周年記念ボックス――55枚組で、これについて書き出したらまた大変なことになる――で、そのなかでモンテヴェルディの『聖母マリアの夕べの祈り』がガーディナーの演奏で収録されていて、それを聴いたのだった。

ぼくはバロック音楽のことはあまり詳しくない。ただ、それでもモンテヴェルディの音楽のことをすこしは聴く機会を持ってきたのは、イタリアのリナルド・アレッサンドリーニ (Rinaldo Alessandrini) 率いるコンツェルト・イタリアーノ (Concerto Italiano) の一連のCDのおかげである。ぼくはバッハの音楽で彼らの演奏を知り、そして彼らの演奏を軸にモンテヴェルディ (と、そのほかのバロック時代の作曲家) の音楽に触れるようになった。

そうしてDGの111周年記念ボックスでガーディナーの『聖母マリアの夕べの祈り』を聴いて、そのスケールと構成力に驚いてしまった。さきに挙げたアレッサンドリーニは、最小限の人数と構成で、研ぎ澄まされた鋭敏な音楽をする。だからそれと比較すれば、たいていの演奏は大きく聴こえるに決まっている。ガーディナーの演奏で驚いたのは、編成が大きいとかそういう話ではなくて、闊達、ドラマチック、雄大で力強くありながら、緻密な美しさに満ちている「構成の見事さ」とでもいうようなところだった。もともとの楽曲の性格もあるのだろうが、これまで聴いたことのない、宇宙に浮かぶかのような音楽世界が広がっていた。

結果として、前に書いた、真面目で端正な音楽をやるひと、というガーディナーの印象はその通りなのだが、それだけではなくて、じつはものすごく強靭なものを持ったひとなのではないか――と思うようになった。

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そうして結局、先日発売されたガーディナーのバッハの宗教曲ボックスを買うことになった。

この22枚組に収められているのは、9枚が4大宗教曲――マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、クリスマス・オラトリオ、そしてロ短調ミサ――のこり13枚がカンタータ集となっている。バッハのカンタータは、その膨大な量のためにこれまで正面から聴いたことがないので、このCD集がいい機会となったらいいのだけれど、まだ聴いていない。まずはマタイとロ短調ミサを聴いた。

その演奏は、期待どおり端正ですばらしいものだ。モンテヴェルディのときのような、どこか別のところにいるかのような不思議さはなく、しっかり地に足がついている。ひょっとしたら、モンテヴェルディ経験がなければ、ぼくの耳はこのバッハを清涼で端正な演奏として聴いて、それ以上には進めなかったかもしれない。でもいまは、その清涼で端正な表情の下にある、静かな強さが感じられる。

もちろん、それは単なるプラシーボなのかもしれない。でもやはり、それだけではないような気がする。それは、これから時間をかけてすこしずつわかってくるのだろうと思う。つぎは、ガーディナーのベートーヴェンを買ってみようと思っている。

あ、でもそのまえにカンタータ入門、かな(笑)。

 

 

Annotations :
Gardiner-Bach バッハ/カンタータ&宗教曲ボックス
Bach/Sacred Masterpieces, Cantatas
John Eliot Gardiner, Conductor 
The English Baroque Soloists
The Mondeverdi Choir 
ARCHIV: 477 8735 
それにしても、このジャケットはいったい...。
Link : HMVジャパン
Gardiner-Monteverdi[3] モンテヴェルディ/聖母マリアの夕べの祈り
Monteverdi/Vespro della Beata Vergine
John Eliot Gardiner, Conductor
The English Baroque Soloists
The Mondeverdi Choir
ユニバーサル: UCCA3108
ふつうは安い輸入盤を紹介するのだが、HMVのカタログでは日本盤しか見つけられなかったので、これは日本盤。
Link : HMVジャパン
Alessandrini-Monteverdi モンテヴェルディ/聖母マリアの夕べの祈り
Monteverdi/Vespro della Beata Vergine
Rinaldo Alessandrini, Conductor
Concerto Italiano
naïve (OPUS111): Op30403
本文中では、ガーディナー盤との比較として紹介するかたちになったが、ぼくはこのアレッサンドリーニの演奏も傑作だと思う。
Link : HMVジャパン
DG111 111 Years Of Deutsche Grammophon
DG: 002894778167
残念ながら完売。
Link : HMVジャパン

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2009年12月28日 (月)

ホロヴィッツのスカルラッティ: ベルリン コンサート 1986

Horowitz-TheLegendaryBerlinConcert-1986 ひさしぶりに「待ちに待った」という思いを味わったCDが出た。ウラディミール・ホロヴィッツが、1986年にベルリンで開催したコンサートの録音がCD化されたのだ。

「待ちに待った」というのは、ふたつある。ひとつは、コンサートが行われてから20年以上が経過して、ようやくCD化されたということ。もうひとつは、たしか10月にHMVに注文をして、その月のうちに届くはずが、入荷予定が延びて、延びて――HMVと数回メールのやりとりをして――ようやくこの年末になって届いたのだ。


これは、ホロヴィッツが83歳のときのコンサートの録音だ。この翌月、彼は2度目の――そして最後の来日を果たしている。ほんとうに聴きたかったのは、この東京での演奏なのだが、今回発売されたベルリンのコンサートはそのひと月のもの。ぼくが楽しみにしていたスカルラッティの曲目はおなじで、おそらくはコンディションもあまり変わらないと思う。

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この2度目の来日のとき、ぼくはまだ学生で、クラシックを聴きはじめたばかりだった。なかなか日本にきてくれなかったホロヴィッツは、その3年前に、はじめての来日を果たしている。この1983年の初来日のコンサートは、吉田秀和氏の有名な「ひとこと」があるように、評判の良いものではなかった。

ぼくは1983年のときのことはよくは知らない。あとになって、吉田氏自身の著作や、さまざまな記事などで知識として知った程度だ。だから、2度目の1986年のときには、そうした初来日の印象、先入観はなにもなく、ただ往年の大ピアニストのコンサート――高額なチケットも話題だった――という程度の認識で、どちらかといえば興味本位で、NHK-FMでの中継を聴いたのだった。

ヴィルトゥオーゾとして知られるピアニストのコンサートだから、どんなに凄い演奏ではじまるのだろう――そう思いながら、たいして緊張もせず待っているうちに1曲目がはじまって、ぼくは思わず息を呑んだ。

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コンサートは、スカルラッティの3曲のソナタではじまった。ぼくは、そのときはじめてホロヴィッツというピアニストと、ドメニコ・スカルラッティのソナタを聴いたのだった。1曲目は K87 だった。その静謐で美しい響きに、あっというまに引き込まれてしまった。つづいて、チャーミングで闊達な K380。小太鼓を模した音の響きということらしいが、そのときにはまるで小鳥のさえずりのように聴こえた。どちらも、それまで――その後も――聴いたことがないほど、美しかった。

当時のコンサートのことは、これ以外に、じつはあまり覚えていない。とにかくホロヴィッツというピアニストの凄さと、彼のスカルラッティの美しさに、完全にやられてしまった。

その後すぐ、ホロヴィッツが1960年代にスタジオ録音した、スカルラッティのソナタ集を買ってきた。ところが、ここにはぼくが聴いたスカルラッティはいなかった。それから約20年、ぼくの音楽を聴く幅もひろがってきて、スカルラッティもさまざまな演奏を聴いた。ソナタでいえば、シフの演奏が印象的には近かったけれど――結局、あのときのホロヴィッツのようにスカルラッティを弾いた演奏は、ほかにはないのだ、ということを理解するようになった。

その演奏が、いまになって音質のよいCDで聴けるようになろうとは、思いもしないことだった。最後の3ヶ月、HMVには焦らされたけれど(笑)、とてもうれしい。

このCDの背面にはこう引用されている――"Anyone who has once heard Horowitz's pianissimo will never forget it" (Der Tagesspiegel, 21st May 1986)まさに、ぼくはそうだったのだ。

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Horowitz-InMoscow-1986余談を三つ。この年のホロヴィッツのコンサートは、モスクワでの模様がすでにCDとしてDGからリリースされている。でも、このCDには肝心のスカルラッティが1曲しか収録されてない!

もうひとつ。おなじくこの年のホロヴィッツの演奏は、YouTube で見ることができる。上で紹介したソナタ K86 は "カークパトリック番号" と言われる体系であらわしたものだが、ほかにスカルラッティのカタログ番号には "ロンゴ番号" があり、この番号であらわすと、おなじ作品が L33 となる。YouTube ではこのロンゴ番号で紹介されていることが多いようだ。ちなみに、この K86=L33 のモスクワでのライブの映像はここ。息を詰めて(笑)ご覧ください。

最後。ベルリンでのコンサートの終盤、アンコールのまえに弾かれたショパンの英雄ポロネーズ。なんて粋な演奏なのだろう、と思った。とても当時83歳とは思えない。

 

 

Annotations :
Horowitz : The Legendary Berlin Concerto 1986
Vladimir Horowitz, piano
Sony Music : 88697527082
Link : HMVジャパン

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2009年11月 3日 (火)

小さな手術とマレイ・ペライアのピアノ

Bach-Partitas-Perahia-1 依然あわただしい日々がつづいているなか、さらに追い討ちをかける出来事があった。手術のため1週間入院したのだ(^o^;。

原因となった疾病は深刻なものではなく外科的なもので、医者も気軽に引き受けてくれたけれど、なんといっても、こちらは抜歯以外には手術など経験したことのない初心者だし、手術当日に切り開いてみてはじめて予想より問題の部位が大きいことがわかったらしく、回復にもすこし時間がかかるなど、小さな手術ながら大変な思いをした。

手術が終わってからしばらく、麻酔で下半身が思うように動かせず、麻酔が切れたら切れたで痛みのためにあまり動けず、ベッドに張りつけになった。本を読むのも意外に疲れる――時間を忘れさせてくれるはずのジョン・グリシャムの『謀略法廷』は、ぼくの状況が悪いのか、あるいはグリシャムの今回の作品に問題があるのか、さっぱり進まない。

それで、病室の天井を見つめながら、iPodで音楽を聴いた。


以前、仕事で体力的にも精神的にも厳しい状況だったときに、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲を聴いたという話をした。今回はこれはダメだった。ぎゅっと握り締めたような静かなる力強さは重荷だった。それでふと、マレイ・ペライアのバッハ、パルティータをかけてみたら、これがすっと心に入ってきて、そのまま――ときおりウトウトとしながら――全曲を静かに、ゆっくりと聴いた。

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Bach-GoldbergVariations-Perahia 特別に好きと意識したわけでもなかったのに、ペライアのピアノは、いつも近くにあった。買った覚えも理由も思い出せないまま、勝手にCDが増えていく(爆)――そんな感じだった。いちばん印象的だったのは、自分の部屋の棚のなかに、バッハのゴールドベルグ変奏曲を「再発見」したときだ。たぶん買った当時1回だけ聴いて、あまり感じるところもなくそのまま棚にしまっておいたのだろう。PCにCDを移していく過程で、好奇心からこのCDもリッピングし、さらにiPodにも入れた。そうしてある日、聴いてみて驚いた。大人の余裕、ゆとりが感じられ、とても楽しげで魅力的な演奏だった。

ペライアのピアノは、アンドラーシュ・シフのピアノと居場所の似ているところがある。演奏の印象を文字にすると似た表現になりがちだし、雑誌『レコード芸術』で、矢澤孝樹氏が「ペライアはいつもシフの割りを食ってしまう」と書かれていて、なるほどと思った。でも実際には、演奏の結果から受ける印象が似ていたとしても、音楽の根幹のところはずいぶんとちがう。両者の音楽に愉悦感があったとしても、シフのそれが闊達で溌剌としているのに対して、ペライアはもっと静かで内向的なものを感じさせる。それはあるいは、ペライアが一時期、指の故障で活動を休止していたこととも関係しているのかもしれないけれど。

Bach-Partitas-Perahia-2 今回のペライアのパルティータは、先に発売された2番から4番が2007年の録音、今年になって発売された1番と5番6番が2008年と2009年の録音となっている。そしてこの2枚目が発売になるちょうどおなじ時期に、シフのパルティータ全曲の再録音がECMから発売となった。

レコード会社がちがうから仕方がないとはいえ、なんという間の悪さ。世間では、どちらかといえばシフの再録音のほうに話題が集まっていたように思うし、正直なところ、ぼくの印象もそうだった。

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でも結果として、病室にいた日、聴きたいと思ったのはペライアの演奏だった。ちなみに、持ち込んだiPodには、シフとペライア両方の演奏が入っていた。いつどっちを聴きたくなるのか、自分でもよくわからなかったからだ(笑)。

ベッドに横たわりながら、ペライアのパルティータをじっと聴いていると、不思議と心が落ち着いた。そしてCD2枚分――約140分のあいだ、ただひたすらこの音楽を聴いていられることに安息と満ち足りた気持ちを感じた。とてもいい時間を――痛みに耐えながら――過ごせた。

Chopin-Etudes-Perahia 退院して自宅にもどり、あらためて自分の部屋の棚からペライアのCDを探してみると、ほかにバッハのイギリス組曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲、そしてショパンのエチュードなどが出てきた(このエチュードはたしか、あとになって制作上のミスが発覚した事故盤で、HMVから返品の連絡がきたものの、代替品がないと言われたのでそのまま手許に置いておいたものだ)。

このエチュード(練習曲集)を聴いていると、たとえショパン特有の激しく情熱的な楽曲であっても、パルティータやゴールドベルグ変奏曲で受けたのとおなじ印象を受ける。つまり、技術的に安心感があるのはもちろんのこと、豊穣な音楽を鳴らしつつも、音楽を楽しむ余裕・ゆとりが感じられ、どこか優しい演奏なのである。そのいっぽうで、一聴してガツンと来るような派手さはない。あわただしいなかで接していると、聴き逃してしまうのかもしれない。これは大人の音楽だな、と思う。

 

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2009年8月24日 (月)

サイモン・ラトルとBPOのブラームス、交響曲全集

Rattile-Brahms すでに国内盤が発売されているので入手されている方も多いと思うけれど、サイモン・ラトルとBPO(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)によるブラームスの交響曲全集が発売された。待望の、と言っていいと思う。全世界が待ち望んだ、という感じかも(笑)。

海外盤が豊富に流通するなか、付加価値を見出しにくい国内盤は、今回は特典として、全曲の演奏映像を収録した2枚組のDVDが付属するという、豪華仕様になっている。ぼくもこの「オマケ」にやられて、国内盤を購入した。ちなみに――これはPCでリッピングするぼくにはあまり魅力は感じられないのだが――CDはHQCD仕様となっている。


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CDで2回ほど全曲を聴いた。とは言っても、夏休みのシーズンだというのに仕事がやたらと忙しく、ほとんど休めないので、腰を落ち着けて聴いたというにはほど遠い状態になってしまった。思いあまってiPodに入れて――とも思ったけれど、BGMであればまだしも、交響曲を真剣に聴きたいときのiPodというのはさすがに気が引ける。それで、ようやく休めた先日の土曜日、子供たちとマクドナルドから帰ってきたあと、すこし時間を作って自分の部屋のオーディオで聴いた。

そうしたら、予想していたものとは大きくちがっていて驚いた。

2002年のVPO(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)とのベートーヴェンでは、ラトルはベーレンライター版を用い、ピリオド奏法も取り入れ、溌剌系の演奏を聴かせていた。最近リリースされたベルリオーズの幻想交響曲も、そのまえのジルベスター・コンサートを収録したロシアもののアルバムでも、BPOの能力を生かした明晰に聴かせる演奏で、その明晰さがある種の軽さにもつながっていたと思う。それで今回のブラームスでも、ややテンポを早めにした、どちらかと言えば「軽め」の演奏なのだろうと漠然と思っていたのだが、実際に聴いてみるとこれがまったくちがっていた。

重厚なブラームスだった。テンポは悠然として、よどみがなく、それでいて迫力と牽引力、高揚感もある。各交響曲とも、終楽章に向けてしっかりと気持ちを連れて行ってくれる。緩んだようなところはまったくない。1970年代から90年代を髣髴とさせる「巨匠」の演奏である。ただすこし往年の演奏とちがっているのは、雄大でありながら、中身がぎゅっと凝縮された充実した響きになっているところで、このあたりはさすがベルリン・フィルとラトルだなと思う。

現在最高のオーケストラと指揮者が、満を持してリリースしたブラームスの交響曲全集なのだから、ある意味これは当然の感想なのかもしれないけれど、正直なところ、まさかこういうスタイルの演奏が――2009年の録音として――聴けるとは思っていなかった。ほんとうに驚いてしまった。

ちょっと気になるところもあった。ところどころ、ディナーミク(音の強弱)がすこしわざとらしく感じられるところがあった。この瞬間に、ふとわれに返ってしまった。成功していればスカッと決まったのかもしれないが、素人のぼくの印象だと、充分にオーケストラが制動しきれなくてバラけてしまったような感じがした。

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ブラームスの交響曲って、こういうものだったんだな――と思った。

十代後半にクラシックを聴きはじめるようになって以来、ぼくはブラームスの交響曲をとくに好きで聴いてきた。どこが好きだというのは難しいけれど、ベートーヴェンの古典派音楽の様式に、じわっと染み出てくるようなロマン派音楽の香りが感じられるところが好きなのだろう、という気がする。

ただ残念ながら、これという演奏にはなかなかめぐりあえない。

このブログの最初のころに、ヴァントとNDR(北ドイツ放送交響楽団)による80年代の録音を紹介した。この演奏がぼくの思っているブラームスにもっとも近い。

ほかにも、全集で言えば、バーンスタインやジュリーニ、そしてアバド――オーケストラはすべてVPO――の演奏をこれまでよく聴いてきた(そういえば先日、金聖響とオーケストラ・アンサンブル金沢によるブラームスのコンサートにも行った)。交響曲第4番には、カルロス・クライバーとVPOによる世界遺産というべき演奏があり、これは別格としても、ほかはどうしても重すぎたり遅すぎたり、あるいは逆に軽すぎたりして、どれもすばらしいが、もうあとほんのすこしのところでなにかが届かない。

結局――よく聴くかどうかとはべつに――自分のなかでスタンダードとして残っているのは、ヴァントとNDRによる80年代の演奏、ということになりそうだ。また、よく聴くという意味では、じつは最近はチェリビダッケとシュトゥットガルト放送交響楽団の演奏が気に入っている。これはぼくはスタンダードとは呼ばないものの、とても魅惑的な演奏だ。

ラトルとBPOによる今回の全集は、これまでぼくが聴いてきたブラームスのなかでも、もっとも重厚なものだと思う。ブラームスの交響曲は、こんなに巨大なものだったのか――そう思った。

これから、この演奏を気に入りつづけられるかどうか――というのは、まだしばらく時間がたってみないとわからない。ただ、すくなくともいまは、まだ何回でも聴いてみたい、と強く思っている。

ああ時間が...いよいよiPodに入れるしかないのかも。

 

 

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ブラームス/交響曲全集 : Brahms/The Symphonies
Simon Rattle, Conductor
Berliner Philharmoniker
EMI Classics: TOCE-90097-99
Link : HMVジャパン

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2009年7月21日 (火)

フェルナーのバッハ、インヴェンションとシンフォニア

Fellner 最近ティル・フェルナーがECMに録音した、バッハの『インヴェンションとシンフォニア』を買った。

この曲集はどうしても教育用というイメージがあり、これまであまり熱心には聴いてこなかった。いまもべつに、熱烈に聴きたいと思っているわけでもないのだけれど、そういう性質の曲集であるにもかかわらず、このフェルナーの演奏が世間で話題になっているようだし、そして先日の平均律クラヴィーア曲集の通勤全曲演奏以来、ぼくの通勤時のトレンドがベートーヴェンからバッハになったこともあって、買ってみた。


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うすうす想像はしていたのだが、やはりこれはプロデューサーのマンフレート・アイヒャーの美学と、フェルナーの内向性がうまく融合した成果なのだろうと思う。静かで穏やかで、とても深くて悠然とした世界だ。期待どおり――期待以上にすばらしかった。

「フェルナーの内向性」というのは、決して "暗い" という意味ではない。知的で温かみがあり、優雅さも兼ねそなえている。その意味では、先日おなじレーベルでベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を完成させたアンドラーシュ・シフとすこし世界観がかぶるようなところがありそうだけれど、シフのピアノはもうすこし力強く、溌剌とした感じがある。フェルナーのピアノは力強さというよりは穏やかでやわらかい。

そんなフェルナーのピアノを、アイヒャーの美学が全面的に支えている。音質は残響が豊かでありながら静謐で透明だし、それ以前に、最初に目に入るECMレーベルならではのジャケットのデザインから、その世界観はスタートしている。まさに穏やかで美しい、深い湖を思わせる「作品」だ。

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世間のひとたちとは逆に、ぼくはこのCDを買ってから、フェルナーが最近来日し、ベートーヴェンのピアノ・ソナタのチクルスを演奏したこと、それにあわせて雑誌『レコード芸術』にインタビューが掲載されていたこと、またおなじECMから、すでにバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻が発売されていたことなどを知った。平均律はHMVに注文した。

あたらしいピアニストと出会う、というのは簡単なようでむずかしい。もちろん毎年何人もの若いピアニストがCDをリリースし、雑誌や放送で取り上げられてぼくの前を通りすぎていく。だが、ぼくのような素人にとって、その名前が心に残るのは正直なところ稀だ。

小さなきっかけから、フェルナーの名前はきちんと心に残った。今回の『インヴェンションとシンフォニア』は、生存競争の厳しい iPod にも入った(笑)。まずは世間の皆さんと同様に、平均律の第2巻を期待したいところだけれど、これからの活躍をすこしずつ――楽しみに――見ていきたいと思う。

 

 

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2009年6月21日 (日)

『レコード芸術』名曲名盤300 と PCオーディオ

932905 途中で数年間のブランクがあるとはいえ、雑誌『レコード芸術』をかれこれ20年以上読みつづけている。ここ数年は定期購読にしているので、買おうかどうしようか迷うヒマもなく毎月届く。クラシックレコード業界の不振で目新しいニュースが少なく、いっぽうでインターネットで速報的なニュースが簡単に手に入る状況で、こうした月評主体の雑誌を購入する意味はあるのだろうか、と自問することも正直なところ少なくない。言葉は悪いが「惰性」で買いつづけているようなところもある。

ただ、こうした雑誌というメディアでしか手に入らない情報もある。それは、きちんとコストをかけた特集記事だ。「コストをかけた」というのは、多彩な有識者による多角的なデータや分析、論評に支えられた記事という意味だ。インターネットで無償で手にいれられる記事は、まさにこのブログのような一個人の独り言だったり、広告収入を前提とした記事だったりして、情報としては有用ではあるけれど、どうしても矮小化、希薄化している。それらをつなげて熟成させるのは読み手の意識なのだが、それだけではどうしても――すくなくともぼくの場合――ある一定の限界のなかに収まってしまう。


その点、雑誌など有償の情報の内容の濃さは、いうまでもなく無償の情報とは比較にならない。話が逸れる上に妄言のようなことを言うようだけれど、若い連中の仕事を見ていると、なにか技術的な課題があったとき、インターネットの検索だけに頼って解決しようとする傾向が強くなっているような気がする。有償の情報を上手に使えなくなっているのだ。一時期言われた「Google の検索でヒットしなければ、この世に存在しないのと同じ」というようなことを「信じている」というよりは頭からそう思い込んでいるような気がする。実際はもちろんそんなことはない。大きな本屋に行けば、上質で密度の濃い情報はたくさん――そうでない情報も事実としてたくさんあるが――並んでいる。

話をもどそう。だから、『レコード芸術』誌には今後もぜひとも特集記事でがんばってほしいと思う。この内容は、個人ブログからもHMVのサイトからも、なかなか手に入れられないものなのだから。

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すこしまえ――2009年5月号の特集は「新編 名曲名盤300①」だった。

『レコード芸術』は数年に1回、数ヶ月にわたってこの「名曲名盤」の特集記事を組む。前回は2001年だったようだ。いつもこの特集がはじまると、ネタ切れとマンネリの様相が感じられ、正直なところがっかりする。これまで真剣に読んだ記憶もあまりない。

ところが今回は、なぜか面白くて何度も読み返した。なぜ面白いのか、自分でもよくわからなかった。第1回の5月はバッハからベートーヴェンまでが取り上げられている。思いがけない演奏家がランクアップしているわけでもなく、たとえばバッハで見ると、端的に言ってしまえば声楽はリヒター鍵盤はグールドである。そうめずらしい結論でもない。あえて言えば、今年バッハの講評を担当されている矢澤孝樹氏の文章は、かすかに独善的なきらいがあるけれど、それ故に読んでいて面白い。でもだからといって、それだけで特集全体が底上げされて面白くなった、ということでもない。

いろいろ考えているうちに、それは、PCオーディオになって聴きくらべが簡単になったからだという気がしてきた。

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以前 Windows Vista化する話のときに大騒ぎして書いたとおり、ぼくのオーディオ・プレーヤーはPCである。それはもう何年も前からそうなのだが、プレーヤー・ソフトとして愛用している foobar2000 の Media Library が最近劇的に使いやすくなり、「録音データベース」がより簡単に使えるようになった。

TMD-Title じつはむかし、おなじように録音データベースを扱うソフトウェアを作ったことがある。それなりに手間ヒマをかけ、われながらまあまあのものができたのものの、ドキュメントを用意するのが面倒で(爆)、結局公開せずに終わった。このソフトは外部にデータベースを持つ方式で、演奏の情報だけでなく、コメントも記録することができ、データのリストをシステム手帳など小さいサイズにきれいに印刷できるのがウリだった。その機能は言うまでもなく、店頭でおなじCDの二重買いを防ぐためだ。

これはこれで個人的には充分使えていたのだけれど、やがて時代はかわり、CDはインターネットで――つまり自分の部屋で――買うようになり、一方で楽曲の情報はその楽曲自身がタグ情報として保持することが一般的になった。foobar2000 は、そのタグ情報をデータベース化し、高速で簡単に検索できるようになっている。最初はこの機能をオマケ程度に考えていてロクに活用もしていなかったのだけれど、Version 0.9 以降になってユーザインタフェースが一新され、それにあわせて使い勝手もグンとよくなった(ひょっとしたらぼくが知らなかっただけで、それ以前のバージョンでもおなじように使えていたのかもしれない)。タグ側の形式も、ID3v2でUnicodeが一般化して多言語が扱えるようになり、ひとつのタグに複数の値を書き込むこともできるようになってきた(クラシックの場合、演奏家を記録する場合に必須だ)。

こうしてPC内のデータを整備すると、たとえばバイエルン放送交響楽団の演奏は、とフィルターで入力すると、指揮者やレーベルを超えて、瞬時にこのオーケストラによる録音をリストアップさせることができる。自分でもこれだけ録音を持っていたのかと驚く。あの演奏はこのオーケストラだったのか、と再発見もする。もちろんそのまま演奏もできる。なにか調べたいことがあって検索したいときに、その効果は絶大だ。

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もちろん、PCを使おうがどうしようが、「聴きくらべ」はむかしからクラシック音楽の楽しみのひとつだった。ある楽曲を、さまざまな演奏家が自分なりの解釈をもって演奏する――ぼくのような聴き手は、その楽曲だけでなく、演奏家の個性や新しい解釈を楽しみにもしている。だから新しい録音が出ればついつい買ってしまう。

最近のCDの廉価化が深く関係していると思うけれど、手持ちのCDも飛躍的に増えて、だんだん棚から探し出すのも面倒というかむずかしくなってきた。『レコード芸術』の特集で名曲名盤300のリストをながめていても、その録音を持っているかどうか、記憶が覚束ないありさまだ。

PCに記録してあると、そういうことはあまり悩まなくてもいい。この特集でバッハの平均律クラヴィーア曲集はグールドが第1位だったことにすこし驚き――考えてみればあたりまえの結果なのだろうけれど、自分のなかではリヒテルの演奏が別格で位置していたので――あらためて自分が持っている録音をリストアップしてみると、リヒテル2種、グールド、シフ、グルダの録音が出てきた。グルダの演奏は持っていることも忘れていたし、かつても1回くらいしか聴いていないはずだ。そのグルダは今回の特集では第2位に輝いている。

早速、これらの演奏を mp3 に変換して iPod に入れ、通勤中に1ヶ月以上かけて全員による平均律クラヴィーア曲集の全曲演奏会をやった。馬鹿げているようだが面白かった。グールドの演奏もグルダの演奏も聴いたのはひさしぶりで、それぞれの演奏について、思うところ・再発見したことはいろいろあったけれど、それはまたべつの話にしよう。

こういうデジタル技術の「軽さ」は、とてもいい。ひとむかしまえだと夢のようだったことができる。『レコード芸術』の「名曲名盤300」の特集は、こういう時代に、ひょっとしたらもっと面白くなってくるのかもしれない(笑)。

 

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