ヒラリー・ハーンのヴァイオリン、バッハ、シェーンベルク、シベリウス
米国出身のヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーン (Hilary Hahn) が大活躍している。これまでその容姿から、なんとなくアイドル系というような先入観――思い込みがあって、あまり興味も惹かれないできたのだが、どのレビューを見てもかなり好評なので、見識をあらため、聴いてみることにした。
買ったのは2枚。J.S.バッハのヴァイオリン協奏曲集 (2003年) と、シェーンベルクとシベリウスのヴァイオリン協奏曲集 (2008年)。いずれもDGからリリースされている。
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はじめに、バッハの協奏曲集を聴いた。最初の音が出た瞬間から、その太くて力強く、まるで突撃するような演奏に、すこし驚いた。テンポが速かったからではない。ハーン自身がこの演奏を「速い楽章では爪先で床を鳴らし、曲にあわせて踊っていただけたら幸いです」と紹介していたくらいだから、そういうテンポだろうというのは想像がついていた――というか、決して速すぎるということはない――驚いたのは演奏が一本調子に聴こえたからだった。
太いマジックで、キュッと力強い直線を引いたような演奏。それは緩徐楽章でも印象は変わらない。これはもしかしたら、伴奏を務めるジェフリー・カヘインとロサンゼルス室内管弦楽団――両方とも不勉強ながら聞いたことのない演奏家だ――のキャラクタに引っ張られているのかもしれない。
躍動感や生命感といった音楽の印象と、力強さとは多少ちがうものだと思うけれど、それを取り違えてしまっているかのようで、すこし残念な感じだ。テクニック的には申し分なく、それを力技で押し切っているような印象になってしまっている。
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そんなハーンの演奏は、もちろん、シェーンベルクとシベリウスではいい方向に作用する。シベリウスはともかくとして、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲はぼくはそう滅多には聴かない――というか、ちゃんと聴いたのは、このCDがはじめてだと思うし、まさにそれこそがハーンの意図なのだろう。
12音技法という――あまり楽しくない――あたらしい世界を開拓したシェーンベルクの音楽を、いったいどれだけの人が聴くのだろう。たぶん、クラシック音楽がある程度以上に聴きこんでいるか、あるいは音楽そのものを生業として学んでおられる方々くらいだろうと勝手に想像するのたが、それは、20世紀初頭、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンという新ウィーン楽派の面々が、それまでのロマン派時代の閉塞感からの突破口として、音楽を専門家向けの象徴表現にしてしまったことによるのだろう。
ハーンの演奏は、そんなシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲を、音楽としてぐいぐいと力強く引っ張っていく。おそらく、これがハーンのヴァイオリンでなかったら、ぼくは最後まで聴きとおせなかったかもしれない。そしてそれをサポートするサロネンの指揮も、重厚・冷静でありながら充分に躍動的で、しっかりと聴かせる。これはシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲演奏の代名詞のひとつとして、ながく残っていく名演だろう。
シベリウスのヴァイオリン協奏曲も、基本的にはおなじ演奏表現だ。明晰で、太く、力強い。ここは正直なところもうすこし細くてもいいんじゃないか、と思うようなところもあるにはある。あるいは全体に冷静な演奏なので、北欧の作曲家シベリウスの情念のようなものを、もっと熱く、感情的に表現してくれてもいいのではとも思う。だが、シェーンベルクの演奏がそうであったように、とてもわかりやすくて、音楽を明確に聴かせてくれる。
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ジャケットの写真で見るハーンの表情は、演奏の印象どおり、理知的でクール、というか少々冷たすぎるように感じるほどだ。それで、この文章の冒頭の写真には、CDのインナーに掲載されていた笑顔のものを選んでみた (笑)。
YouTube には、インタヴューに答えるハーンの姿もたくさん掲載されている。そこでの受け応えを見ていると、誠実でアグレッシヴ、明晰で明るいハーンの姿が見えてくる。やはり演奏での印象のとおり、まっすぐである。バッハの演奏では、それがあまりいいようには感じられなかったけれど、実演の演奏ではまた印象が異なるという話も聞くし、これからを代表するヴァイオリニストのひとりとして、今後の活躍が楽しみだ。
1874年9月13日、オーストリア、ウィーン生まれ。戦時中に亡命し、1951年7月13日、アメリカ、ロサンゼルスで死去。本文中で触れたように、1900年ごろから無調音楽、12音技法を開拓した。アルバン・ベルク、アントン・ヴェーベルンとともに新ウィーン楽派と呼ばれる。
1865年12月8日生まれ、1957年9月20日没。フィンランドの国民的作曲家。民族性と北欧の自然を感じさせる楽曲が多く、日本でも人気が高い。かくいうぼくも、かつてクラシックを聴きはじめた際に愛聴したのが、モーツァルトとこのシベリウスだった。
Hilary Hahn, Violin
Jeffrey Kahane, Conductor
Los Angeles Chamber Orchestra
DG: 474 199 2
Link : HMVジャパン
Schönberg・Sibelius/Violin Concertos
Hilary Hahn, Violin
Esa-Pekka Salonen, Conductor
Swedish Radio Symphony Orchestra
DG: 00289 477 7346
Link : HMVジャパン
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