マイク・オールドフィールドでクラシック
いったいどういう経緯なのかよくわからないのだが、マイク・オールドフィールドの『Tubular Bells』がクラシックの新譜として発売された。HMVで1枚660円という廉価盤ながら2005年の立派な新録音で、クラシック専門レーベル "BRILLIANT CLASSICS" からのリリースだ。
演奏しているのはもちろん本人ではない。4人からなるピアノ・アンサンブル――そのまま "Piano Ensemble" とクレジットされている――のメンバによって編曲されている。特徴的なのは、おなじ『Tubular Bells』が楽器を変え、ピアノ2台+シンセサイザー2台版、そしてピアノ4台版の2種類の演奏が収録されていることだ。両者は本当に楽器を変えているという程度の差しかなく、演奏時間もほぼおなじだ。
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『Tubular Bells』が、こうしてトリビュートのように演奏されることは、じつはそんなに珍しいことではない。手許には、ほかにも Duo Sonare によるクラシック・ギター2台による演奏、スタジオ・ミュージシャンのよくわからないユニット "Studio 99" による電子楽器を駆使した演奏もある。この Studio 99 版は、できあがった音楽としてはそこそこまとまっているものの、聴き手としては残念ながらトリビュートというよりはパロディにしか聴こえず、よほど心に余裕がないとなかなか聴こうという気にならない (というか、1回しか聴いていない。この記事を書くためにもう一度聴こうとしたけれど、やはり全部は無理だった)。
いっぽうギター・デュオ Duo Sonare のほうは、こちらはアコースティック・ギターによる演奏で、モノトーンの独特の世界観があり、そこにさまざまな演奏技法を駆使することで、『Tubular Bells』のおもちゃ箱を表現しようとしているところがおもしろく、これはこれで楽しめる。
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今回の Piano Ensemble による『Tubular Bells』は、どちらかといえば、この Duo Sonare による演奏の印象に近い。実際にCDが届いてみてはじめて気がついたのだが、収録されているのは『Tubular Bells』の Part 1 だけで、ジャケットにもそうはっきり明記してある。通して聴いてみると、この Part 1 の部分だけがピアノ2台+シンセサイザー2台版、そしてピアノ4台版と、くり返して演奏されることになる。ひょっとしたらそのうち Part 2 がリリースされるのかもしれないけれど、『Tubular Bells』というひとつの楽曲の前半部だけを――表現は多少ちがうとはいえ――2回くり返すというのは、ちょっと中途半端の感は否めない。
さて、肝心の演奏のほうはといえば――けっこうドキドキしながら聴きはじめてみると、しごく真面目なものだった。さすがはクラシック音楽としてのリリースだと変に感心した。いっぽうで、25分に近い演奏時間を切れ目なくピアノだけで奏でるというのは、さすがにちょっと単調な感じも否めない。録音にすこしエコー感があり、鮮明というよりは薄く幕をかけたような音色になっていことも関係しているのかもしれない。ギターによる Duo Sonare は弦楽器の特徴を生かしてハーモニクスやらグリッサンドやら多彩な音を引き出してくるし、天板を打楽器として叩いたり本人たちが雄叫びをあげたり、けっこう体当たりな演奏をくり広げる。Piano Ensemble ではピアノ演奏にかぎってはそういう特殊奏法はいっさいない。プリペアド・ピアノを用いたり、足を踏み鳴らしたり、やろうと思えばやれることはあるのだろうけれど、ここはいたって正攻法的な演奏だ。その意味では冒頭のシンセサイザーとの組み合わせのほうが聴いていて色彩感があり、最初はとっつきやすい。ただ、くり返して聴いているのはなぜか4台のピアノによる演奏のほうばかりだ。
Part 1の終盤、独特のベースラインがくり返し演奏されるなか、オリジナルでは出演する各楽器がダミ声で紹介されていく。Piano Ensemble 版では誰もなにもしゃべらないが、ピアノの音がすこしずつ重みを増し、やがて迫力のある壮大な音楽を形作っていく――ここが聴きどころだろう。正直なところ最初はうるさくも感じたけれど、結局引き込まれてしまう。
全体として、オリジナルが作曲された当時、19歳のマイクが抱えていたような狂気と紙一重の執念や、ドロドロとうごめく得体の知れないエネルギーといったものはそこにはさすがに感じられないが、Piano Ensemble によって再構成されたことで、エネルギーだけにささえられたものではなく、楽曲として充分に高い完成度を持っていることが改めて確認できる。
なお Piano Ensemble 盤 Part 1 の最後は、オリジナルの心穏やかな静けさに帰っていく形式ではなく、マイク自身がライブで演奏しているように、力強い踏み込みで終わる。
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HMVのサイトでこのCDのリリースがアナウンスされたとき、いくつか驚くようなことがあった。ひとつは冒頭でも触れたように、オールドフィールドの音楽がクラシックレーベルから発売され、HMVもクラシックサイトでこのCDをとりあげたこと。そして、なぜか積極的にHMVがこのCDを宣伝したこと。かなり長いあいだトップページにニュース・リリースが掲載されていたように思う。
そしてもっとも驚いたのは――HMVのクラシックサイトで、ほんの一時期にせよ、ランキングでこのCDが第1位になったことだ。世界中を席巻したという1970年代ならいざ知らず、どういうランキングにせよ、マイク・オールドフィールドの音楽がいまになって1位になるようなことがあろうとは、思ってもみなかった。ある晩、HMVのサイトを眺めていてこの異常事態に気がつき、思わずハードコピーをとったのが、左上の画像だ。他のランキングから見て、いわゆるライト・クラシックでフィルタされているような気もするけれど、そういうことはこの際どうでもよくて、1位は1位だ。思わず夜中に「うおお」と呻いたことを覚えている。やっぱり『Tubular Bells』というコンテンツの価値は強力ということか。
Version for two piano and two synthesizers
Version for four pianos
arranged by Marcel Bergmann
Piano Ensemble
Brilliant Classics: 8812
Link : HMVジャパン
今回ご紹介した、Piano Ensemble盤。
Mike Oldfield
Virgin 49388
Link : HMVジャパン
こちらは以前ご紹介した、Mike自身によるリメイク。よくできていて、いまなら個人的にはこの2003年盤がお勧め。一部でCCCD(コピーコントロールCD)になっている場合があるので注意。
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