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2008年4月の5件の記事

2008年4月27日 (日)

インマゼール&アニマ・エテルナによる、ベートーヴェン交響曲全集

Immerseel-Beethoven2 ジョス・ファン・インマゼールと彼の古楽器オーケストラ「アニマ・エテルナ」による、ベートーヴェンの交響曲全集が発売された。

インマゼールの名前は、ちょっとロリン・マゼールと似ているな(笑)、とか、そういうつまらないところで覚えていて、あとは学究的な演奏をしているひと、という程度にしか知らなかった。今回ベートーヴェンの交響曲全集を出すというので、その取り組みが目を引いたのと、HMVが全面的に「推す」姿勢をとっていたので、店のおすすめに従うようなかたちで、2月から予約をして楽しみに待っていた。つい最近まで、この見慣れない絵画によるベートーヴェンのジャケットは、HMVクラシックのトップページのどこかにいつも掲載されていたような気がする。


これは輸入盤なのだが、なかにはキング・インターナショナルによる日本語の小さなブックレットが入っている。これはインマゼール自身によるremarksを邦訳したもので、ふだんあまり勉強する機会のないぼくには、とても面白かった。それは『ピリオド奏法とテンポとベーレンライター版』のときにぼくも浅学ながら触れたような「なにを最終稿とみなすか」という問題であったり、その過程でデル・マーとのウィーン学友協会図書室の資料上での邂逅があったこと、そしてもちろん、ベートーヴェンが活躍した当時の楽器を用いてそれを再現しようとすること、あるべきオーケストラ編成、音響など、この全集を形成する上での考察がまとめられている。

さて、実際の演奏はといえば、簡潔にして明瞭、活き活きとして、とても魅力的だ。ベートーヴェンによるメトロノーム記号表示にしたがっているのでテンポも快走、でも決して早すぎると感じることはない。このベートーヴェン自身によって書かれたメトロノーム記号は、かねてから「早すぎる」いわれ、メトロノーム故障説など、いろいろその有効性を疑問視されていた。インマゼールはモダン楽器ではたしかに早すぎて演奏困難であることを認めつつ、ピリオド楽器を用いた室内楽的小編成オーケストラであるアニマ・エテルナであればそれは可能として、実際に演奏でそれをきちんと証明している。不自然さはどこにも感じられない。

ほかにも、この全集にはさまざまな研究の成果が反映されているのだと思うが、残念ながらぼくにはそれをきちんと受けとめられるだけの素養がない。ただ、ひとりの単純な聴衆として聴くと、明朗快活で躍動的、軽すぎず重すぎず、その気になれば気軽に聴くこともできるし、それでいて充実した密度感もある。ブックレットの邦訳の言葉を借りれば、この演奏にはたしかに「ベートーヴェンの厳粛さ、ドラマ性、陽気さ、ちゃめっ気がフルに現れ」ていると思う。

余談だが、この全集には序曲などいくつかの小品がおさめられている。最近ではコスト優先のせいか交響曲全集も最小構成ということが多く、その意味でもめずらしい。そんな小品群のなかで、祝祭劇『アテネの廃墟』作品113、だれもが知っている「トルコ行進曲」が溌剌として魅力的だった。ピリオド楽器のすこし乾いた音が、楽隊風に聴こえて、これぞアニマ・エテルナの真骨頂、とか言ったらちょっと顰蹙なのかもしれないけれど。

 

 

Annotations :
ベートーヴェン/交響曲全集 : Beethoven: Symphonies/Ouvertures
Jos van Immerseel, Conductor
ANIMA ETERNA
Zig-zag Territoires: ZZT080402.6
Link : HMVジャパン

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2008年4月26日 (土)

foobar2000 と Windows Vista サイドバー ガジェット

FoobarSidebar3 PCを音楽プレイヤーとして使うようになって、4年ほどが経過した。そのあいだ、ほぼずっと RME のオーディオカードと CHORD の DAC64 Mk2 という組みあわせで聴いている。

一時期は M-Audio のカードを使ったり、エソテリックの G-25U を入れて 88.2kHz や 176.4kHz にアップコンバートしたりもした。この構成だと、否応なくたまりはじめている SACD が聴けないという課題もあったりするけれど、結局はこの基本的な組みあわせに落ち着いている。


そうそう、以前話題にしたデジタルケーブルは、結局、オヤイデ電気商会の銀単線 FTVS-510 と、フルテックの RCA と BNC コネクタを使用して、自作する結果になった。銀単線ということでクセがありそうな気配だったけれど、ぼくがデジタルケーブルの基本と思っているシールドがしっかりしていること、高周波のデジタル信号だから純度優先でもいいだろうと思い、これを選んだ。結果として銀単線の悪そうなクセは顕著には出ていないようで、鮮明感と力感として感じられ、気に入って使いつづけている。

プレイヤーソフトは、ずっと foobar2000 をカスタマイズして使用している。フォーマットは以前は FLAC、いまはタグの扱いが簡単なので TTA。出力はあきらかに鮮度感がちがうので、 ASIO 経由にしている。

この環境で、先日――といっても半年ほどまえ――Windows XP から Windows Vista に大移行した。そのときのドタバタはご報告したとおりで、その後はなんとか安定的に使用できている。Windows Vista は、世間でなにをどう評価されようが、ぼくは断然気に入っている。その理由はただひとつ――ウィンドウの表示・消去の際に、フワッと出入りするからだ(笑)。

その Windows Vista にしてから、サイドバーというものがつくようになった (サードパーティによるサイドバーは、Google のものをはじめ Windows XP でも使用できるものもある)。

ディスプレイもワイドに変えて、便利に使用しているけれど、ひとつだけ、やりたくてもできないことがあった――それは、 foobar2000 で演奏中の曲をサイドバーに表示させたいということだった。ずっと "Pretty Popup" というプラグインを使用していたのだけれど、やはりデスクトップのどこに表示させてもどうしても邪魔になる。これをサイドバーという公式の居場所に納めることができれば、邪魔にならずいつでも表示させておくことができる。

インターネット上をさがしても見つからず、日曜大工がわりに自分で作ろうかとも思ったものの、そのときには foobar2000 の HTTP サーバプラグイン、あるいは独自のヘルパ・サービスを仲介させて、ガジェットから XMLHTTP オブジェクトで通信しようという構想でアプローチしていた。この方法だと、HTTP リクエストのキャッシュをかいくぐって無理に通信させたとしても、やはり毎秒更新は負荷的に疑問ののこる実装になってしまい、結局断念していた。

ところが最近になって、その名も "Now Playing" というガジェットを公開されている方がいるのを発見した。このガジェットは Windows Vista 用で、すばらしいことに、 Windows Media Player, iTunes, Winamp, MediaMonkey そして foobar2000 に対応している!

いったいどんな仕掛けで対応しているのだろうと思って調べてみたら、王道である COM オートメーションを介しての対応だった。要するに ActiveX だ。 foobar2000 では、foosion 氏がオートメーションサーバ・プラグインを提供されている。現段階では (というか2003年からずっと) まだアルファ版の状態で、ぼくも存在は知っていたけれど、この "アルファ版" というのが気になって、あまり真剣には調べなかったのだ。この "Now Playing" ガジェットの作者、 Law James 氏はこのオートメーションサーバをメインに、あとヘルパ・ツールを使用してガジェットを実装されている。すでにバージョンは 4.0x になっており、以前から提供されていたようだ。

さっそくダウンロードして使ってみた。それが冒頭に挙げたイメージだ。先日購入したスピノージのヴィヴァルディ "NISI DOMINUS" から "CRUCIFIXUS" をかけているところ。ジャケット画像や日本語も問題なくきちんと表示される。

表示方法は設定でさまざまに変更できる。ただ演奏時間は、マウスをガジェットの上にかざしているあいだだけは表示されるものの、常時表示させることはできないようだった。クラシックの場合は構成の大きな曲もあり、ときどき、いまどのあたりなのか確認したくなる。そのたびにマウスを動かすのもわずらわしい。それにトラック番号の表示もほしい。

それで、その部分はガジェットの内部をすこし改造させていただいて、演奏時間とトラック番号が常時表示できるようにして使っている。

"Now Playing" ガジェットは基本的にはフリーだが、寄付歓迎とのこと。これなら寄付させてもらってもいいかな、と思う。おかげで、ちょっとしたことだけれど、ずっと不満だったことが解消されて、またひとつPCの環境が快適になった(^^)。

追記: この話には後日談ができた。結局、このガジェットは使わず、自分で作りなおすことになった。とくに大きな不満があるわけでもなかったのだけれど....そのあたりの話は、「foobar2000 と Windows Vista サイドバー ガジェット (その2)」を参照ください。

 

 

Annotations :
"Now Playing" ガジェット作者 Law James 氏のホームページ :
Link : Law's Sidebar Gadget Development Blog

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2008年4月20日 (日)

ドイツ・ハルモニア・ムンディの50周年記念 ボックスセット

DHM-BOX-1 破格のボックスセットをつぎつぎとリリースして世間をにぎわせ、その販売手法を認知させたのは、たぶんオランダの Brilliantレーベルが最初だったと思う。2002 年の春、ルドルフ・バルシャイ指揮ケルン放送交響楽団による『ショスタコーヴィチの交響曲全集』11枚組を3千円弱という価格で提供して、大いに話題になった。

これまでボックスセットといえば、多少古めになって話題性も少なくなってきた録音をまとめて、というかたちが一般的だったように思うが、このバルシャイによるショスタコーヴィチは、 1990 年代に入ってからの新しいデジタル録音で、演奏も高水準、ということで話題になった。そして、なんといっても『ショスタコーヴィチの交響曲全集』という企画の絶妙さ――だれしも興味は持ちつつも、サイフの優先度の関係でなかなか買えなかったものが、これなら買おうという気になる――が受けて人気のアイテムとなり、いまでは「廉価盤であるかどうか」という観点は抜きにして「バルシャイ盤」として一定のポジションで語られるようになった。


ぼくも当時、このバルシャイ盤を嬉々として購入したひとりだ。他にもカルミニョーラによるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集、ブロムシュテットやサヴァリッシュのベートーヴェン交響曲全集、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全集、ラヴェルの管弦楽曲全集など、数え上げればきりがないほど、このレーベルにはお世話になっている。

§

その後各レーベルからさまざまなボックスセットが発売されるようになったが、ここにきて、意表を突いてドイツ・ハルモニア・ムンディDHM)から巨大なボックスセットが発売された。意表を突いたというのは、現在はソニーBMGの傘下にあるとはいえ――DHMがバロック音楽を中心とした地味ながら真面目な作品を着実にリリースしている中堅レーベルであり(ぼくもクイケン兄弟を中心としたディスクを何枚か持っている)、どうもこうしたボックスセットのような廉価販売という印象に結びつかなかったというところにある。

そしてだれもが瞠目したのは、その内容だった――じつに50枚組で5千円強! それも古い録音の寄せあつめのようなものではなく、1990 年代の比較的新しい録音を中心に、かつて単独でリリースされた内容の濃いアルバムが集められている。これはボックスセットといいながら、内容は独立した50枚のアルバムがまとめてそれぞれ百円強で買える、ということだ(正確にはバッハのロ短調ミサなど2枚組のものも含まれるけれど)。

DHM-BOX-2限定盤ながらきわめて中身の濃い、この50周年記念ボックスの発売がアナウンスされたとき、その強烈なインパクトからさまざまな場所でちょっとした旋風が巻き起こったようだ。そのほとんどが、こうした貴重な録音が超廉価に販売されることに対する危機感の表明と、同時に一消費者としての「うれしい悲鳴」だった――そんなに格安で大量に買ってしまったら、1枚1枚を大切に聴くことができなくなるのではないか――それはぼくもまったく同感だった。

この50枚のなかには、すでにぼくが単品として購入したCDも含まれている。では、のこりのCDを、この単品で買ったCDのときとおなじくらい大切に聴くことができるだろうか――それはもちろん気持ちだけの問題だ。でもぼくも、インターネット上のおなじ意見の方々も、それは簡単なようでむずかしい問題だと充分にわかっている。一部には、そういう姿勢になりそうな自分が許せないとして、このボックスセットを「買わない!」宣言をされた方もおられた。その勇気と良識にはほんとうに敬服する――けれど、ぼくは買った(爆)。

§

それが昨日、HMVから宅配便で届いた。昨日の今日の、というところだから当然すべてを聴いたというような状況ではない。というか、ほかにも届いた大量のセットCDもあって――長くなるのでその話はまたいずれ――ようやく1枚、最初の1枚を聴いたところだ。

ぼくはバロック音楽は聴くけれど、詳しくはない。さっき聴いたCDには、ドゥランテ (Durante)、アストルガ (Astorga)、ペルゴレージ (Pergolesi)の作品が収録されている。ペルゴレージはともかくとして、ドゥランテもアストルガも正直なところ名前すらはじめて聞く――こうした無名にちかい作曲家の作品を演奏することに力を注いでいるという、トーマス・ヘンゲルブロックとフライブルク・バロック管弦楽団の演奏は鮮明で、美しい。

これからしばらく時間をかけて、ひとつひとつをなるべくゆっきり聴いていきたいと思う。どういう音楽、どういう演奏と出会えるのか――ここに、あと49枚もCDがあるなんて、やっぱりちょっと信じられない(笑)。

 

 

Annotations :
ドイツ・ハルモニア・ムンディ : Deutsche Harmonia Mundi (DHM)
フランスにルーツをおなじくする Harmonia Mundi, France (HMF)というレーベルがある。ルーツがおなじとはいっても、DHMとHMFは現在は別会社である。どちらもバロック、古楽の分野で素晴らしいCDをリリースしつづけている。
ドイツ・ハルモニア・ムンディ50周年記念ボックス : 
この記事を書いたときには、まだTower Records で注文ができたのだが、その後あっというまに受注停止となってしまった。なんだか申し訳ないけれど、ご容赦ください。
ショスタコーヴィチ/交響曲全集 : Shostakovich/Symphonies
Rudolf Barshai, Conductor
WDR Sinfonieorchester
Brilliant Classics: BRL6324
本文中でご紹介したとおり、発売当時は3,000円以下という価格設定だったのだが、いまはマルチバイ価格で5,191円になっている。
Link : HMVジャパン

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2008年4月12日 (土)

カラヤン、ベートーヴェン、ブルックナー

Beethoven-Karajan

カラヤンのことについて書こうとすると、あまりにも有名すぎて「いまさら」感がともなってしまい、どうも書きにくい。さらに追い討ちをかけるように、今年はカラヤン生誕100年ということで、いまだにドル箱といわれるカラヤンの音楽をレコード会社が競うように発売していて、ますます「いまさら」な話題の感が否めなくなってきた(笑)。

そういう時流に乗っかったわけでは決してないのだけれど、じつははじめて、カラヤンのベートーヴェン全集を買った。われながらさらに「いまさら」な話だ。よりによってカラヤンのベートーヴェンなんて。ベートーヴェン交響曲全集をいったい何式持っているのか、数えてみたことはないのでわからないけれど、十数番目でのわが家へのご到着、だと思う。


購入したのは、カラヤン最後の80年代の録音ではなく、カラヤンの理想がもっともよく現れているといわれる、70年代の録音。オーケストラはもちろんベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。ユニバーサル・ミュージックが eloquence シリーズとして出している廉価盤のうちのひとつだ。

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ヘルベルト・フォン・カラヤンは、言うまでもなく、クラシック音楽界のスーパースターだった。 1908 年オーストリアのザルツブルグ生まれ。名前がしめすように、貴族の生まれで裕福な家庭に育った。若いころの下積み生活のあと、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルの世界2大オーケストラで活躍し、とくにベルリン・フィルとは34年間に渡って芸術総監督、つまり絶対権力者として君臨した。フェラーリやポルシェといったスポーツカーを愛し、航空機やヨットをみずから操縦し、スキーもプロ級の腕前だったという。

要するに、なにをしても人なみ以上のことができるひとだった。ぼくには想像するしかないのだけれど、そういうひとがいる、ということは理解できる。恵まれた能力が恵まれた環境で育まれ、感性を磨き、上昇志向と強い意思を持つにいたり、それがリーダーシップや誠実さ、あるいはナルシズムにもつながる。

音楽家以外の道を歩んでいたとしても一定の成功を収めることができたのだろうが、すくなくとも当時のクラシック音楽の世界は、宿命のライヴァル的存在だったフルトヴェングラーが象徴するように、どちらかといえば愚直・学究的な世界だったようであり、カラヤンのような資質をもつ人物の放つ「輝き」の眩しさは圧倒的だったのではないかと思う。そうして歴史上、最初で最後といわれる「帝王」カラヤンが誕生した。

今回購入した70年代のベートーヴェン交響曲全集は、そんなカラヤンとベルリン・フィルの関係がもっとも熟していた時代のものだ。80年代に入ると、あまりにも長すぎた関係のためか、オーケストラとのささいなトラブルが大きく発展することもあり、ベルリンあるいはドイツ国内での批判的な意見も相次ぐようになっていく。結果としてカラヤンは隣国オーストリアでウィーン・フィルとの活動を増やしていくことになる。

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全集を開封して、迷ったすえに、まず第8番の交響曲を選んだ。一聴して、艶やかで美しく、快活なオーケストラの響きにため息が出た。音楽はすこしもためらうことなく、なめらかに、なめらかに進んでいく。かといってもちろん、ユルいわけではない。スポーティできびきびとしたテンポ感だ。柔軟で精練されており、まるでオリンピックの体操競技を見ているようでもある。

同時に、その響きに、いまとなってはすこしどこか古くさいものを感じてしまうこともたしかだ。その感覚はまるで「むかしのSF映画が描くような未来」というか、東京ディズニーランドのトゥモローランドで感じるような印象と共通するものがある。

このブログでもこれまで何度か触れてきたように、最近になってベートーヴェンの交響曲の演奏様式は大きく変貌した。その意味では、カラヤンの70年代の演奏は、いまとなっては大時代的と表現されるような演奏様式である。だがここにある「トゥモローランド感」は、それだけが理由のものではない。当時の聴衆を酔わせたであろう、独特のレガート奏法によるなめらかな音触と、流麗なテンポ感が、当時先鋭的であったからこそ、「かつて想像した未来」のような色あいを感じさせてしまうように思える。

だからこの全集がだめだとか、そういうことを言いたいわけではない。時代を代表するベートーヴェン交響曲全集のひとつであるのは当然として、さらにはこの全集には、ひとつの時代に君臨したカラヤンという男の美学がいっぱいにつまっている。それはじっくりと聴くに値するものだ。カラヤンの音楽には精神性がないと揶揄されたりもするが、そもそも音楽とは、あるいは音楽の精神性とは、というような話は視点によって見方もかわるものだから、なにが良くてなにが悪いかは微妙なところだ。すくなくとも、カラヤンの音楽は――外面的な印象とは裏腹に――とてもまじめで、誠実なものだと思う。

§

今回の話は、ほんとうはここで終わっている。ただでさえ長すぎると不評(笑)のこのブログだけれど、カラヤンの音楽について書くのであれば、もうひとつ、どうしても触れておきたい演奏がある。

ぼくはずっと、カラヤンの熱心な聴衆というわけではなかった。上で書いたようなカラヤンの演奏の捉えかたは、ぼくがそれなりに年齢を食ってきたいまだからできるものであって、もっと若いころだったら、おなじように考えることができたかどうかは疑わしい。カラヤンはあまりにも有名で、それゆえに感じられる陳腐さとか、表層的だという一部の批判的な論評を鵜呑みにしたりもして、素直には聴けずにきたのだ。

Bruckner-Karajanそんななか、カラヤンの晩年―― 1980 年代の終わりごろに、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのブルックナーの交響曲第8番の演奏を、FMでのライブ放送で聴いた。

このブルックナーは、「いわゆるカラヤン」というようなイメージとはまったく異なっていた。穏やかで悠然としていて、しかも弛緩するようなところは微塵もなく、とても大きくて強い意思の存在を感じさせた。なにも惑わされず、迷わず、超然と歩んでいく音楽だった。この演奏はじめて聴いたとき、やや芝居がかった言いかたになるけれど、「これはまるで祈りのようだ」と思った。

このときの演奏は、同時期 1988 年のセッション録音が発売されていて、ライヴではない故にやや端正になっている気はするけれど、ほぼおなじものとして聴くことができる。これは、いまでもぼくにとって特別な1枚となっている。

結果として、このブルックナーはカラヤンの最晩年の録音のひとつ、ということになった。カラヤンはその翌年、 1989 年に亡くなった。心不全だった。ザルツブルグの自宅で、ソニーの大賀会長と「次のステップについて」話している最中の出来事だった。

一説によると、全世界で販売されたクラシックのレコード・CDのうち、その3分の2がカラヤンの演奏によるものだという。

 

 

Annotations :
ベートーヴェン/交響曲全集 (1970年代) : Karajan dirigiert Beethoven
Herbert von Karajan, Conductor
Berliner Philharmoniker
Wiener Singverein 
eloquence : 442 9924
この記事を書いたときには、マルチバイ価格で3,379円。かなりお買い得と思う。録音も充分によい。
Link : HMVジャパン
ベートーヴェン:交響曲全集 ベートーヴェン/交響曲全集 (1980年代) :   
Herbert von Karajan, Conductor
Berliner Philharmoniker
DG : 4392002
カラヤン最後のベートーヴェン交響曲全集。まったく価格の下がる気配のない、クラシックCD業界の金字塔。後光を象徴する、この金のジャケットをはじめて見たとき、正直アホじゃないかと思った。
Link : HMVジャパン
ブルックナー/交響曲第8番 (1988年) : Bruckner/Symphony No. 8 
Herbert von Karajan, Conductor
Wiener Philharmoniker
DG: 4276112
Link : HMVジャパン

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2008年4月 5日 (土)

アイソレーション・トランスと電源ノイズと

IsolationPower ぼくの家はマンションで、眺望はとても気に入っているけれど、オーディオ的な観点では決して最善というわけではない。角部屋なのでオーディオ部屋のとなりには家はない。でも上と下にはべつの家庭がある。そこに住むひとたちへの影響を心配しなくてはならないし、それになにより、電源事情がよくない。

歴代のパワーアンプは、ときどきトランスのうなりを発してきた (ジェフ・ロゥランドの ICE Power の Model 201 だけはうなりを聞いた記憶がなかった)。はじめはそう古いわけでもない自分の家の電源がわるいとは夢にも思わず、販売店やメーカーに見てもらったりもした。まあ、どこも言われることはおなじで、環境によってはそういうこともある、ということだった。


3年間の転勤生活を経てこの家にもどってくるとき、壁紙を変えたりする程度のリフォームをやった。そのついでに、まえから目論んでいたオーディオ専用のブレーカーをつけた。引越しと同時にそのあたらしい電源環境を使うことになったから、専用ブレーカーをつけるまえとの比較とか、そういったことは楽しめなかったけれど、精神的にはとても安らかな (笑) 気持ちになった。

それでもトランスのうなりはときどき発生した。深夜、静かになったときに「ブーン」という低いうなり声が聞こえてくると、なんだかとても気が滅入るものだ。うなったからといって問題があるわけでもなさそうなのだが、そうはいってもやはり気になる。

それが、あるときから状況が変わった。アイソレーション・トランスを導入したのだ。正確にいうと、アンソレーション・トランスは以前から持っていたのだけれど、なんとなく音に力感がなくなるような気がして、結局パワーアンプはつながず、ふだんはプリアンプだけつないで使っていたのだ。

ある日、思いついてふたたび、このアイソレーション・トランスにパワーアンプをつなげてみた。そのまま数日が過ぎて、パワーアンプをつないだことも忘れてしまったころ、気がつくと、そのアイソレーション・トランス自身がブーンとうなっていた。パワーアンプはまったくうなっていない。ためしに再度パワーアンプを壁コンセントに直接つなぐと、やっぱりアンプ自身がうなる。

うなるとはいっても、いつもうなっているわけではない。何日も異常のない状態がつづいたあとで、気がつくとうなっていた、という感じだ。だから、このアイソレーション・トランスを入れたり外したりという実験は、1週間単位でようすを見るという、とても気のながい作業になる。それに1週間起きなかったからといって、これからも起きないという保証もない。

何回か試してみた結果、やはりアイソレーション・トランスを入れるとアイソレーション・トランス自身がうなり、アンプはうならない。アイソレーション・トランスをはずすと、アンプがうなる。ということのようだ。

ここにきてようやく、ぼくは、やっぱり自分の家の電源がまずいのだな、と思うようになった。そして同時に、過去いろいろ対応してくれた販売店、代理店、メーカのみなさんに申し訳ないことをしたな、と思った。

オシロスコープでAC電源の波形を見てみると、なにかおもしろいものが見られるのかもしれないけれど、残念ながら借りるにしてもそのアテがない。

まあ――オーディオ用にブレーカーを増設したからといって、この家、あるいはこのマンション全体で使用している元の電源が変わったわけではない。回路的にはすべてつながっているのだから、やっぱり影響は排しきれないのだろう。

逆に、音質という感覚的な側面以外で、このアイソレーション・トランスがちゃんと仕事をしているんだな、とはじめて実感できた瞬間でもあった。

ちなみに、これは純粋直感中心素人発想 (笑) なのだが、アイソレーション・トランスを入れると音に力感がなくなるという話は、どうも電源に含まれているノイズ成分が、音の力感や、それに似た鮮度感を錯覚させているのではないか、と思うようになった。それは、波形生成ができるソフトウェアなどを使用して、純粋なサイン波を生成した場合と、べつの周波数を重畳させてみた場合とで比較すると、わりと直感的にわかる。もしノイズ成分が人間の聴覚に好影響を与えているのだとしたら、これはまたややこしい話だ。このあたりの議論は、あまり突っ込むと果てしないところにまで行ってしまいそうなので、これくらいに (笑)。

 

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