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2008年3月23日 (日)

カール・ジェンキンスのスターバト・マーテル

Jenkins-Stabat-Mater カール・ジェンキンスといえば、“アディエマス” プロジェクトの印象が強く、ジェンキンズ個人の名前で、こういう大きな宗教曲を出しているとは知らなかった。今回新譜として出たのは古典的な『スターバト・マーテル』だが、これまでにも『レクイエム』はじめ、いくつかの楽曲をリリースしている。


ぼくはジェンキンスの熱心な聴き手というわけではない。実際、「ジェンキンスといえば、“アディエマス”プロジェクト」と言いながら、持っているのは恥ずかしながらベスト盤1枚。何年かまえにこのベスト盤を買ったとき、なにか琴線に触れるものがあれば、個別のアルバムを買っていこうと思ってはいた。結果としてそれなりにこのアルバムを聴く回数は多かったものの、世界を広げていこうとまでは思わなかった。むしろヴォーカルのミリアム・ストックリーのソロ・アルバムに走った。

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今回のアルバムのタイトルである『スターバト・マーテル (Stabat Mater)』はラテン語で、日本語では『悲しみの聖母』と訳される。13世紀カトリック教会で成立した聖歌(詩)であり、磔刑となったわが子キリストを想う、母マリアの悲しみの気持ちがうたわれている。

Pergolesi-Alessandrini この詩に対して、これまで多くの作曲家が曲をつけてきた。たぶん、もっとも有名なのは18世紀のイタリアの作曲家、ペルゴレージだろう。作曲家として有名ということであれば、ほかにもアレッサンドロとドメニコのスカルラッティ親子、ヴィヴァルディ――さらにウィキペディアを調べてみると、ロッシーニ、ドヴォルザーク、プーランクなど、まさに枚挙に暇がない。そんななかで、後世においてモーツァルトとならび称されるほどの才能を持ちながら、わずか26歳で夭逝したペルゴレージのスターバト・マーテルは、この曲の傑作といわれている。

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カール・ジェンキンズが、そんなスターバト・マーテルに曲をつけ、発表した。冒頭にも書いたように、ぼくは彼がそういった活動をしていることを知らなかったし、多少ともスターバト・マーテルの由来くらいは知っていたので、いったいどんな音楽になっているのか、好奇心を抑えきれなくなった。アディエマスの楽曲は、NHKスペシャル『世紀を超えて』のテーマでも使われたことからわかるように、親しみやすく聴きやすい。その上でキリスト教圏のみならずアフリカ、東洋、中東の音楽を包含して、ポップス、クラシック、プログレ残党の要素が混在する独特の世界を形成している。だが、あれはあくまでもアディエマスの音楽だ。ジェンキンスが真摯に宗教曲に対峙したとしたら、それは精神性を主としたまたまったくべつの世界になるのかもしれない――。

結果はといえば、それはやはり、アディエマスをつくったジェンキンスの世界だった。それどころか、ところどころアディエマスの曲で聴きおぼえた旋律も登場する。スキャット主体で構成されているアディエマスの音楽に対して、ここでは歌詞が聴きとれることが新鮮だった。ギリシャや中東の音楽がふんだんにとりいれられていて、古典的なキリスト教音楽の世界観に、民族音楽的な要素が加わっている。

だからよかったのか、悪かったのか、それは微妙なところだ。1回目は、ぼくはわりとあっさりとこの曲を聴きながした。もしぼくが十代だったら、このボーダレスな世界観には、ひょっとしたら夢中になったかもしれないな、と思った。だがどちらかといえば、いまはジェンキンスの手腕というか、職人芸的な音楽の構築技術に冷静に感心したという印象だった。

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数日おいて、2回、3回と聴きかえすうちに、すこし印象が変わってきた。ジェンキンスの親しみやすい旋律、アレンジの背後に、もうすこしちがうものが聴こえてくるようになった。彼の職人技にやられたのかもしれない(笑)。この音楽をヒーリングのひとつとして聴きながすこともできるが、それだけではすまされないものもたしかにある。終盤、中東の旋律にのって歌われるアラム語のテキストは、意味は英訳でしかわからないけれど、訴えかけてくるものがある。そのあたりをヒントにしてさらに全体を聴きかえしてみると、だんだんと聴きながすのがむずかしくなり、気がつけば聴きいっているということになってきた。

発売元のEMIはこれをクラシック音楽と位置づけているようだが、アディエマスの音楽と同様、このスターバト・マーテルを分類することはむずかしい。ぼくはクラシック音楽も聴くけれど、その観点で聴くと拒絶感を引き起こしやすい。こうしたカテゴライズのむずかしい音楽のうち、耳になじみやすい旋律を持つものは、多くのプログレの末路と同様に、やがてヒーリングミュージックとして分類されるようになる。

それでもいいのかもしれないが――この楽曲にこめたジェンキンスの想いは、いまのぼくにはわからない。単に楽曲の題材のひとつとして、古典としてのスターバト・マーテルが選ばれただけなのかもしれないし、あるいはそれを超えて純粋に宗教的あるいは人間的な姿勢があって創作されたのかもしれない。ぼくは聴き手として後者であってほしいと思うが、それはジェンキンスの想いとはまたべつに、これからの時間が決めていくことになるのだろう。ぼく自身がどう捉えていくのか、ということも、もうすこし時間が経ってみないとわからない。ただすくなくとも、分類に困るような世界を構築し、それでなお一定の “親しみやすさ” と “聴かせる力” を持つ音楽を創造するカール・ジェンキンズは、ときに職人技という表現もしたけれど、ほんとうにすごい音楽家だと思う。

 

 

Annotation :
Karl Jenkins : Stabat Mater 
EMI Classics: 50999 5 00283 2 0 
Link : HMVジャパン

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