マイク・オールドフィールド / Music Of The Spheres ~ 『天空の音楽』
たまたま、前回につづいて “プログレの末裔” というべき新譜が出た。以前ご紹介したマイク・オールドフィールド (Mike Oldfield) の2年ぶりの新作、『天空の音楽』―― "Music Of The Spheres" だ。
2007年の終わりごろから出る出ると言われていながら延期になり、年も明けていよいよ輸入盤が2月に発売確定になったと聞いて予約したら、直前にふたたび発売延期。それだけならまだしも入荷時期はまったく未定ということになってしまった。それで結局、3月に発売された国内盤を購入した。マイク・オールドフィールドの二十数枚あるアルバムのうち、国内盤で買うのは『アイランズ』(1987) につづいて2枚目ということになった――それはもう、20年もまえの話なのだけれど(笑)。
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以前ずいぶん長い文章で書いたように、ぼくにとってマイク・オールドフィールドはとても思い入れのあるアーティストなのだが、じつのところ最近のアルバムはどうも不調だった。2005年の『Light & Shade』は、2枚組という大作ながら、それこそヒーリング・ミュージックというか、なにもないというか、あたりさわりのないBGM集としか思えない内容で、ほとんど聴く気になれなかった。そして、ついに国内版は発売されなかったようだ。無理もないと思う。
だから今回、あたらしいアルバムがリリースされるというニュースを聞いたときにも、期待感よりも一抹の不安感が先に脳裏をかすめたのは事実だし、またそのタイトルが『Music Of The Spheres』という、いかにもという感じのものだったから、ますます不安は募った。しかも、フル・オーケストラによる楽曲だという。行くところまで行ってしまったのかなあ――そんな印象だった。
YouTube につぎつぎと断片がアップロードされていくのを横目にじっと我慢して、3月18日――つまり平日に届いたので、帰宅したあと深夜に聴いた。そして、すこしホッとした。やっぱり最高とは言えないが、すくなくとも前作よりは救いがある。それだけでうれしくなって、リビングで眠りかけている女房に聴かせてみた。すると一聴して、女房は関西弁でこう言った――「このひとは、いつまでたっても Tubular Bells から離れられないんやね」
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不覚にも (笑) かえす言葉を失った。まあそうなのだ。そう言われてもしかたがない。冒頭のアルペジオからして、明快に『Tubular Bells』とその世界観を共有している。それでいいじゃないか。と思えるのは、個人的な思い入れを抱いているファンだけで、すこし冷静なひとたちから見たら、もうこの冒頭部分だけで聴く価値を失ってしまいかねない。
ぼくは返す言葉がなかった。「いや、それでも前作にくらべたらだいぶがんばったと思うよ」と、もごもごと弁解したものの、われながら説得力もなにもなかった。
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たまたま、『Music Of The Spheres』のオーケストレーションは、前回ご紹介したイギリスの誇るべき音楽職人、カール・ジェンキンスが担当している。ジェンキンスは、ほぼ同時期に自分の大曲と、この『Music Of The Spheres』を抱えていたことになる。演奏の指揮も、ジェンキンスが担当している。
そのジェンキンスの『スターバト・マーテル』と比較することに意味があるかどうかはわからないが、比較してみるとどうしても『Music Of The Spheres』は聴き劣りがする。『スターバト・マーテル』にはこちらを引きこむような気迫が感じられるのに対して、『Music Of The Spheres』は聴き流せてしまう音楽である。まあ『スターバト・マーテル』が全面的な精神性をかかげた宗教曲である(と確信しつつある)いっぽう、マイク・オールドフィールドの音楽は、30年前からずっと、そうした精神性とは微妙に、しかし明確に距離を置いてきた。その楽天性あるいは娯楽性が大切だと思うからそれはそれでよいのだが。
マイク自身からすれば、フル・オーケストラの楽曲だということで、この作品も大きな挑戦になっているのかもしれない。実際、このアルバムはユニバーサル・ミュージックのクラシック部門からの発売であり、日本でも彼のためのページすら用意されている(ユニバーサル・ミュージックのサイト)。
でも、言いづらいのだが、今回の作品で聴き手としてなにかあたらしさを感じるとすれば、このフル・オーケストラであるという点くらいのような気がする。ユニバーサルのサイトではクロスオーバー&サウンドトラックのひとつとして紹介されていて、たしかに映画のサウンドトラックを聴いているような印象だ。ふだん、ほとんどの楽器を自分で演奏して自分で仕上げていくようなひとが、アレンジをほかのひと(ジェンキンス)に託して楽曲を作りあげたということも関係するのかもしれないけれど、いまの音楽として、聴いてただ心地よいというだけではなくもう一歩踏み込んだこだわりがほしい、というのが正直なところだ。
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前回のマイク・オールドフィールドの紹介で、1970年代に活躍したプログレ一族のうち、21世紀に入ってなおコンスタントに新作をリリースしてくれる貴重な存在、という趣旨のことを書いた。彼はすでに、多くの印象的な作品を残してくれている。世間ではただひたすら『Tubular Bells』だけが有名で、それゆえに一発屋と揶揄されたりもするけれど、彼の代表作と呼ぶべきもの、彼にしかできない音楽はけっして『Tubular Bells』だけではなかった。
だから、これから出てくる新作はある意味でボーナスのようなものと捉えるべきなのかもしれない。だいたい年齢ももうとっくに50歳を超えている。いつ引退したっておかしくはない。ただそれでも、そうは思っていても、新作が出るたびになにかこれまで聴いたことのない、なにかあたらしいものを期待してしまうのだ。それはもちろん、マイク・オールドフィールドという音楽家が、ほかにかえがたい稀有な存在であるから、だ。
ユニバーサル インターナショナル : UCCS1113
Link : HMVジャパン
Link : Universal Music Japan
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