キム・カシュカシャンの歌うヴィオラ ~ Asturiana
このCDは、万人に薦めるようなものではないのだろうけれど、やっぱりとてもお薦めだ。
キム・カシュカシャン (カシュカシアン) がECMからリリースした『アストゥリアーナ~スペインとアルゼンチンの歌』は、スペインとアルゼンチンの代表的な作曲家による歌曲を、盟友であるピアニスト、ロバート・レヴィンとともに編曲し、ヴィオラとピアノの楽曲にまとめたアルバム。すべて歌詞つきのほんとうの歌なのだが、もちろんここでは人間の声では歌われていない。カシュカシャンのヴィオラが静かに旋律を奏でる。
特筆すべきは、それでも、ライナーノーツにきちんと歌詞が収録されているということだ。カシュカシャンが、みずからの声であるヴィオラを通して、これらの歌曲を歌いたかったことが素直に伝わってくる。ちなみに、この歌詞は濱田滋郎氏が訳している。その訳が読みたくて、経済性優先のぼくとしてはめずらしく、日本盤のCDを購入した。そして実際にライナーノーツを開いてみると、解説は近代史を中心に精力的に活躍している音楽評論家、片山杜秀氏だった。冒頭にはカシュカシャンとレヴィン自身によるコメントも邦訳されており、ふだん多くのひとはライナーノーツなどはなかなか読まないのだろうけど(ぼくもそうだ)、これは「読み物」としても充実している。
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キム・カシュカシャンは、いまもっとも活躍しているヴィオリストのひとりと言っていいと思う。印象に残っているのは ECM Records での数々の現代曲の録音であり、手許にあるのは、ギヤ・カンチェーリ (ギア・カンチェリ) やジェルジ・クルターグの作品であったりするが、彼女自身は古典からロマン派の時代の音楽まで幅広くこなす。
ただまあ、いかんせんヴィオラという楽器は、聴き手としては正直なところ地味だ。ぼくのような素人音楽好きとしては、ソロ活動している演奏家としてすぐに思いつくのは、このカシュカシアンとロシアのユーリ・バシュメット、日本の今井信子くらいだ。ソロ楽器としてのヴィオラのための協奏曲などが積極的に作曲されるようになったのも、近代に入ってからだと聞く。
カシュカシャンは、米国生まれ。両親はアルメニア出身。現在はドイツ在住。このアルバムのライナーノーツで、彼女は、幼少のころに父親が歌ったアルメニア民謡の歌声が、自分の音楽的ルーツになっていると語る。それが彼女のヴィオラであり、このアルバムなのだろう。
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冒頭に書いたように、このCDが万人向けだというようなつもりはない。ぼく自身もいつどういうときに聴くのか、さだかではない(笑)。ただ、ヴィオラの音色、それを歌い上げるカシュカシャンの演奏、繊細で明晰なレヴィンのピアノ、そして憂いを感じさせるスペイン民謡をルーツとする旋律――どれをとっても優しく、魅惑的で、じっくりと心に染み入ってくる。買ってからというもの、なぜかついこのアルバムを聴いてしまうということが多い。
いつも聴く、ということはないかもしれないが、これからいつでも好きなときにこのCDを聴けるというのは幸せなことだな、とじんわりと思う。ずーっと持っていたい、大切なCDだ。
Asturiana -Songs from Spain and Argentina
Kim Kashkashian, Viola
Robert Levin, Piano
ユニバーサル ミュージック (ECM) UCCE2064
Link : HMVジャパン
グルジアの作曲家。1935年生まれ。沈黙の音楽を書く作曲家。その沈黙はときに暴力的になる。
Link : HMVジャパンの紹介ページ
ルーマニア出身、ハンガリー人の作曲家。1926年生まれ。
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コメント
ガーター亭亭主さん、はじめまして。コメントをありがとうございます。
立派なホームページをお持ちで、感銘しました。またゆっくりと拝見させていただきたいと思います。
カシュカシャン(カシュカシアン)のアルバムでコメントいただけるとは、驚くと同時に嬉しく思いました。このアルバムは紹介するのを少しためらったのですが、やっぱりいいものはいい、ですね。
投稿: Tiki | 2008年2月28日 (木) 23時29分
はじめまして。ガーター亭亭主と申します。
ワタクシもこのカシュカシアンのアルバムはとても気に入っており、何度も聞き返しています。エントリーに書かれたこと、本当に同感です。じっくりと心に染みてきますよね。
投稿: ガーター亭亭主 | 2008年2月28日 (木) 09時24分