ロリン・マゼール in ニューヨーク
さて、前回はマゼールとニューヨーク・フィルのCDをとりあげながら、DG CONCERTSというビジネスモデルの話ばかりになってしまい、肝心の演奏のほうにはまったく触れなかった。ここではすこしマゼールの話をしよう。
ロリン・マゼールは、じつはクラシックを聴きはじめたころからのファンだ。十代後半くらいのときの話だ。当時はあまり詳しい知識もなく(いまもちょっとマシになったという程度だけど)、演奏のちがいを楽しむというよりは楽曲を知るというほうが先ではありながらも、マゼールの音楽は当時のぼくになにか特別なものを感じさせた。
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当時、ぼくはマゼールの演奏からは「土の香りがする」と思った。 “土の香り” とはマゼールをよく知るひとにとっては的外れな表現に聞こえるかもしれないけれど、ぼくはいまでもそれ以上にどう表現したらいいかわからない。重量級のオーケストラが土煙を上げて大地を憤然と進んでいく――そんな印象だ。力強い生命感、人間味、そういう言葉で表現してもいいかもしれない。その印象はいまでもかわらない。もうすこし具体的にいえば、音のダイナミズム、テンポの緩急 (ルパート/アゴーギク) がきめ細かく制御され、やや攻撃的というか、とがり気味の姿勢で音楽が邁進していく。
もうすこしあとになってから、世間ではマゼールにはいわゆるキワモノ的な印象がつきまとっていることを知った。幼少のころから神童と謳われ、8歳のときにかのニューヨーク・フィルハーモニックを指揮してデビューしている。ヴァイオリンの腕前には定評があり、いまでもときどき "弾き振り" をしていると聞く。ヨーロッパ、米国の名だたるオーケストラの音楽監督を務め、1982年にはウィーン国立歌劇場の総監督に就任、ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートにもたびたび登場、また作曲家としても一定の評価を得ている。そんなマゼールがどうしてキワモノであり得ようか ??
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でも遺憾ながら、たしかにそう言われたらその印象は否めないのだ。それはまさに、さっき上でぼくが言った「土の香り」がする所以なのだろうと思う。さらにエキセントリックな言いかたをすると、エスニックとか無国籍とか、そういう表現すら使えそうなこともある。それを好意的に捉えるか、逸脱と捉えるかで見方はかわってくるし、好意的に捉えているぼくも、ではこれが正統派かと訊かれたら、ちょっと応えに詰まってしまう。
手許に、最近買ったマゼールのCDが2枚ある。1枚はストラヴィンスキー(左)、もう1枚はラヴェル(右)の管弦楽曲集だ。オーケストラは両方ともウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。どちらもRCAの最近の録音なのに、たまたまセールにあたったということもあるが、1,000円以下だった。
ふたつのことで、すこし落ち着かないものを感じる。ひとつはオケも指揮者もスター級であるのに、どうしてこうも安いのか。ラヴェルのCDにいたっては、その装丁には何のやる気も感じられない。これではスーパーでワゴン売りされていてもおかしくない。商品価値が認められていないのではないか――と思わずにはいられない。
もうひとつは、ラヴェルにしてもストラヴィンスキーにしても、ウィーン・フィルで鳴らしていることへの違和感。わざわざウィーン・フィルを使ってこういう楽曲を録音しなくてもいいだろうに。いったいだれがこういう企画を立てるのか――というのは素人のぼくにはわからないのだが、そこになにかマゼールらしさを感じるのも事実なのだ。
ちなみに、ウィーン・フィルで鳴らすラヴェルとストラヴィンスキーはどうだったかといえば、これがブイブイいわせた強力な演奏で迫力満点。ウィーン・フィルの色彩感や運動能力の使いかたがまちがってるという違和感は最後までぬぐえないけれど、絢爛豪華で濃密、躍動的な演奏はこの組み合わせならでは、と思える。ラヴェルの管弦楽曲集の最後を飾るのはボレロ。ウィーン・フィルのボレロって想像できますか。しかもこのボレロ、一部で有名になっている通り、最後の最後で "倒壊" するかのごとくルパートして、聴き手を唖然とさせたまま終了する。
まあ、こういう演奏を世に出していたのでは、キワモノと言われてもしかたのない側面はある。
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クラシックの世界にメインストリームがあるとしたら、マゼールがそのすこし横の位置に立っているというのも事実だろう。でも上で挙げた経歴からもわかるとおり、世界的に見ても決して評価が低いわけではない。とくにウィーン・フィルとの関係は、2005年のニュー・イヤー・コンサートに11回目の登場を果たしたことからも充分に良好な関係のつづいていることが伺われるし、先のラヴェルやストラヴィンスキーの例を見ると、ウィーン・フィルをあたかも使い慣れた自分の楽器であるかのようにやりたいことをやっている。そう考えていくと、不思議なポジションに立つ指揮者だな、と改めて思う。
ぼくはと言えば、そういうマゼールの音楽がやはり好きである。そのマゼールがニューヨーク・フィルを振ってラヴェルとストラヴィンスキーを演奏しているのが、今回のDG CONCERTSでリリースされたCDだ。2006年9月中旬と2007年4月下旬のコンサートの模様が収録されている。
ウィーン・フィルで感じた「微妙にズレた色彩感」のような印象はなく、米国のオーケストラでフランスとロシアの音楽を豊かに、きっちりと描いている。マゼールも年齢を重ねて、すこし大人しくなったのかなと思わせるものもあるけれど、それがニューヨーク・フィルの音色の影響でそう聴こえるだけなのかどうかはわからない。微妙にルパートして――タメて――メリハリをつけ、くっきりと細部を引き立たせる演奏はあいかわらずだ。この癖をきらう人もいるだろうけれど、やはり躍動感のある一流の演奏だと思う。
New York Philharmonic
Lorin Maazel, Conductor
Ravel : Daphnis et Chloe Suite no 2 (《ダフニスとクロエ》第2組曲)
Ravel : Rapsodie espagnole (スペイン狂詩曲)
Stravinsky : Chant du rossignol (交響詩《ナイチンゲールの歌》)
Stravinsky : Firebird Suite (《火の鳥》組曲 1919年版)
DG 00289 477 7175
Link : HMVジャパン
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