プレトニョフのベートーヴェン
以前からずっと、なにかというとベートーヴェンに関係したことを書いている気がするけれど、もちろんぼくはベートーヴェンばかりを聴いているわけではない。それでもなぜか、最近の新譜についてなにかを書こうと思ったら、気にとまるのはベートーヴェンばかりで、今回もまたベートーヴェンである。
アンドラーシュ・シフについて書いたときにすこし触れた、ミハイル・プレトニョフのベートーヴェンである。今回はふたつ。自身がピアノを弾き、指揮はべつのひと(クリスティアン・ガンシュ)にまかせたピアノ協奏曲。全集がすでに録音されていると聴くが、第5番は2008年の発売、第1番と第3番はすでに発売ずみ、今回新譜で出たのは第2番と第4番である。そしてもうひとつ、この第2番と第4番と同時に、プレトニョフ自身が指揮して、おなじくベートーヴェンの交響曲全集が発売された――と、さらっと言ってはみたものの、一回の発売単位としてはかなり異様である。以前なら交響曲にせよピアノ協奏曲にせよ、メジャーレーベル(今回はDG) から出すとなったら、それなりに鳴り物入りで出してくるものだったと思うが、今回は同時発売で、しかも交響曲のほうは全集である。こんなにさらっと出てきていいのだろうか。価格も本国でも "specially priced" と銘打たれているようだし...。
オーケストラはいずれも、プレトニョフの手兵というべきロシア・ナショナル管弦楽団。プレトニョフの私設オーケストラと言われているが、すくなくともプレトニョフのためにプロデュースされていることはたしかなのだろう。最近のロシアのオーケストラビジネスは、一部の報道のされ方からどうも胡散臭い感じが漂ってしまうが実力はまちがいないようだ。
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おなじピアニスト出身の指揮者として、前回とりあげたエッシェンバッハとくらべて、その対極にいるのがこのプレトニョフだろう。ピアノを弾いても、オーケストラの指揮をしても、プレトニョフが演奏しているのはまちがいなく彼の音楽であり、ぼくらはベートーヴェンを聴くというよりは、そのプレトニョフの音楽はどうだろう、という興味でこれらのCDを買う。純粋にベートーヴェンの音楽をはじめて買って聴いてみよう、というひとには、おそらくプレトニョフは勧めない。
正直なところ、いまの段階ではプレトニョフの音楽に対する印象は、言葉はわるいが "きわもの" に近い。プレトニョフの場合は、たぶん本人も自分が正統派のベートーヴェンを演奏しているというよりは、ベートーヴェン+プレトニョフを演奏していると自覚しているのではないかと思う。そのへんが、ベーレンライター版に端を発する現在版音楽ルネサンス的躍動系とはちがうところだ。
2007年3月に発売されたピアノ協奏曲第1番&第3番のCDは、ぼくには衝撃的だった。衝撃的なんだろうな、とわかってて聴きはじめたのに、やっぱり驚いてしまった。ベートーヴェンをいまの時代に、いまの音楽としてやるなら、こうだという彼の思いはすくなくとも伝わってきた。
奇をてらっているのか――すこしそう思ったが、説得力があった。第3番の最終楽章では、いままで聴いたことのない音楽が耳に飛びこんできて、驚いてほかの演奏のその部分をことごとく聴きなおしたりもした――ポリーニ、ブレンデル、内田、エマール――そうして、じつのところ、プレトニョフの演奏が、いちばんほんとうなのだろうなと感じた。すべてがすべて賛成するわけではないけれど、好感を持った。
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今回、一挙にピアノ協奏曲第2番&第4番、交響曲全集が発売されて、それが届いてからというもの、1曲1曲を聴きすすめていくのが楽しみでしかたがない。まず聴いたのは、いつも基準のように使っている交響曲第3番。最初のアタックから指揮者の個性が出る(彼の場合、出すぎだ)。つづいて緩徐楽章、スケルツォ、フィナーレと聴きどころが多い。この演奏は、全体に静と動のメリハリが強く、思いがけないときに息つぎがあらわれる。その呼吸感は、めずらしさもあってか、生理的に心地よい。
つぎに聴いたのは、カルロス・クライバー以降、指揮者の試金石のようになった交響曲第4番。第1楽章の序奏の暗さ・重たさと主部の軽快感・疾走感の対比は、悪趣味寸前の徹底ぶりである。裏をかいてこのまま鈍重にいくのかなと思ったので、疾走しはじめたときには、思わず笑ってしまった。
プレトニョフは、今後はピアノは録音せず、指揮業に専念すると宣言している。その記事を読んだ当時はそれはそれでよいと思ったものだが、こうしてベートーヴェンについて交響曲を聴き、ピアノ協奏曲を聴き進めていくと、やはり "プレトニョフの音楽" は彼がピアノを弾いたときに顕著だとあらためて思う。いまさらながら、もうピアノはやらないというあの発言を残念に思った。とはいえ、もうしばらくすると、平然とピアノを弾き出すのではないかとうすうす期待しているのだが。
Mikhail Pletnev, Piano
Christian Gansch, Conductor
Russian National Orchestra
DG 00289 477 6415
(Deutsche Grammophon(DG)のCD番号の体系が変わったみたい)
Link : HMVジャパン
Mikhail Pletnev, Piano
Christian Gansch, Conductor
Russian National Orchestra
DG 00289 477 6416
Link : HMVジャパン
Mikhail Pletnev, Conductor
Russian National Orchestra
DG 00289 477 6409
Link : HMVジャパン
伝統のあるドイツのレーベル。いまはユニバーサル・ミュージックの傘下。

存命中から伝説の存在。なかなか仕事をしなくて世界中を残念がらせたあげく、2004年に亡くなってしまった。一生歳をとらないと思っていた。バイエルン国立歌劇場管弦楽団と大阪に来てくれた際に、一度だけ実演に接することができた。父親は大指揮者エーリヒ・クライバー。
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