マリス・ヤンソンスのラフマニノフ
なるべく順序だてて書いていきたいと思いつつ、新しいディスクが届くたびになにか書こうという気持ちになるので、結局新着順ということになってしまう。今週は、数セット届いたなかから、マリス・ヤンソンスのラフマニノフ。
もう20年くらいラフマニノフの音楽を好きで聴いているわりには持っているCDのラインアップにかたよりがあって、もうすこしまとまって持っておきたいという思いは以前からあった。あちらこちらを探してみたなかで、指揮者、オケ、コストパフォーマンス(大切)、すべての点で満足できそうなのが、マリス・ヤンソンス指揮サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー管弦楽団によるセット6枚組だった。交響曲全集、ピアノ協奏曲全集 (ミハイル・ルディ(p))、管弦楽曲集がひとつにまとめられたバジェットセット。これだけの内容で3000円強というのだから、うれしくなってしまう。
と言いつつ、じつはヤンソンスのことはあまり好きではない。どうもあの悪人顔を見ただけで信用できないように思えてしまう。もちろんそれは偏見というものであって、ヤンソンスはいまを代表する指揮者のひとりである。バイエルン放送交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団というふたつの名門オケの常任をつとめる一方、2006年にはウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを指揮した。まさに大活躍というにふさわしい。以前すこし触れた、ロイヤル・コンセルトヘボウの自主制作盤もヤンソンスが振っている。ただ指揮者を知るという意味ではいまひとつピンとこなかったこともあり、今回はその興味もあった。
サンクト・ペテルブルグ・フィルは、ソヴィエト連邦時代はレニングラード・フィルと呼ばれていた。ソ連崩壊により、レーニンの名を冠した街レニングラードがサンクト・ペテルブルグに改められた(もどされた)ことにより、あわせてオーケストラの名称も変更された。19世紀設立のロシアの名門のひとつである。
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さっそく、聴きなじんでいる交響曲第3番と交響的舞曲を聴いた。これが、じつにスマートであっさりだった。うーん。ラフマニノフを聴くとき、その叙情的といわれる旋律をあまり濃厚にやられても困るが、ここまであっさりとされても、逆にもの足りない。録音のせいもあるのかもしれない。しかし、これではヤンソンスの顔からくる印象そのままである。
いうまでもなく、演奏はきっちりとして、上手である。ある意味では教科書的なのかもしれない。だれかがメカニックと評した言葉を聞いた記憶もある。でも、いまの時代――というのは、作曲されてから長い年月を経た時代という意味だが――にクラシック音楽を聴くとき、エッシェンバッハのときにも書いたように、やはり何らかその演奏者の個性、息遣い、感情、研究の成果、そういったものを期待する。それがこの演奏からはなかなか掴みづらい。ひょっとしたら、その禁欲的な響きには、サンクト・ペテルブルグ・フィルの前身であるレニングラード・フィルに長らく君臨した、ムラヴィンスキーの影響が残っているのかもしれない。
聴きながら、もうすこし裾野を広げてラフマニノフを聴くことも必要だな、と思った。いま手持ちのディスクで言えば、たとえばシャルル・デュトワが指揮したフィラデルフィア管弦楽団の演奏がある。これは、デュトワもフィラデルフィア管も、双方の個性が相乗して色彩感豊かな演奏になっている(2008年からのシーズンが楽しみ!)。ある意味では、ヤンソンスの今回の演奏と対極なのかもしれない。もっと対極にいるのは、スヴェトラーノフの演奏なのだろうという気がしているが、こちらはなぜか腰が引けていまのところ買う気になれない (そのうち買うとは思う)。
それで結局、注文したのは、ウラディーミル・アシュケナージがロイヤル・コンセルトヘボウを指揮したDECCAの交響曲の全集と管弦楽曲集のセットだった。ピアノならともかく、アシュケナージが指揮をしたディスクを買う日がくるなんて....。これもエッシェンバッハのときに書いたように、指揮者としてのアシュケナージにはほとんど興味がない。でもやっぱり、なにかあたらしい発見があるかもしれない、と淡い期待を抱いてしまうのだ。
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マリス・ヤンソンスのラフマニノフ、演奏についてあまりいいようには書かなかったが、ぼくと同様に、ラフマニノフの音楽をすべて知っているわけではない面々には、価格面でもこのセットは入門用としておすすめだ。叙情性の演出という意味では物足りないかもしれないけれど、明晰なラフマニノフであり、その音楽を知るという意味ではむしろ格好のものとも言える。
さらに、このセットには、よく知られているわりにはふだんあまり買わないような楽曲が多く収められているのも魅力的だ。上でとりあげた交響的舞曲もそうだし、名曲『ヴォカリーズ』も意外と手に入らない。『パガニーニの主題による狂詩曲』の第18変奏はだれもが知っている有名な楽曲だけれど、全曲を聴きとおす機会はどれだけあるだろう。3000円強の価格でこれだけの音楽がすべて手にはいるのだから、なにも文句はない。

1873年ロシアに生まれ、その後1918年にアメリカに移住した。1943年没。ピアノの名手としても名高い。近代という時代にもかかわらず彼の音楽は調性が明確で、ロシアならではと言いたくなるような叙情的で美しい楽曲が多い。
Link : HMVジャパンの紹介ページ
Rachmaninov Orchestral Works
- Complete Symphonies
- Complete Piano Concertos
- The Isle of the Dead
- Vocalise
- Symphonic Dances
- Rhapsody on a Theme of Paganini
- Tchaikovsky Piano Concerto No.1
Mariss Jansons, Conductor
Mikhail Rudy, Piano
St. Petersburg Philharmonic Orchestra
EMI 5 75510 2
Link : HMVジャパン

本文中でも紹介したように、長らくレニングラード・フィルを率いた世界的な名指揮者。1988年没。厳格で禁欲的、純粋に音楽に生涯をささげた人、といわれる。ビデオ (DVD)でリハーサルの風景を見ると、まさに痩身の鉄人という印象だが、リハーサルにはいるまえにふと浮かべた穏やかな表情が、その本来のまじめで暖かい人柄を想像させる。
Rachmaninov The Symphonies
Vladimir Ashkenazy, Conductor
Royal Concertgebouw Orchestra
DECCA 455 798 2
文脈の関係から指揮者としてのアシュケナージの紹介をすることになったのだが、アシュケナージのラフマニノフといえば、ピアニストとしてのアシュケナージを紹介するのが本来。
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