グレン・グールド
いつのころからか、他人から「どんな音楽を聴くのですか」と聞かれたら、開きなおったように「クラシック」と応えるようになった。でもこのあいだ、ある雑誌を読んでいて、"グールドになにを聴くか" みたいな問いがあって、ふと考えてしまった。
もともと、ぼくは最初からクラシックが好きだったわけではない。ルーツはぼくの世代のだれしもと同様、小中学生時代の歌謡曲から出発する。中学生時代くらいから視野が広がってロックに至り、やがてプログレへ、さらにその発展としてクラシック、ジャズへと進んでいったのだ。ジャズのほうは、頻繁に愛聴している盤はあるものの、さきにクラシックのほうがおもしろくなってしまい、そちらにエネルギーを注力したためにいまだにあまり詳しくはない。逆にクラシックのほうは、"クラシック" と言いながら根がプログレにあるために、いまでも機会があれば現代音楽も聴く。
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10代なかばでロックからプログレに踏み出したときに、表現の面白さに夢中になった。やがて作曲者にせよ演奏者にせよ、ほかに代えがたいそのひと独自の世界を持つ表現を偏重するようになった。ただし、継続的に愛聴するかどうかはまた話がべつで、そうやって聴きつづけるには、やはりその音楽が好きでないといけない。きらいでも興味が優先して一度や二度は聴くが、好奇心を満たしてしまったら、それはそれで終わりである。
プログレからクラシックへとさらに世界を広げたとき、高校時代のことだからよく覚えていないけれど、最初に興味を持ったのは、作曲家としてのマーラーと、演奏者としてのグールドだったのではないかと思う。いまから思えば高校生として充分正しいスタートだった(笑)。マーラーのほうは、当然広範なラインアップをそろえられるわけでもなく、なけなしの小遣いで廉価版のLPを買っては友人と貸し借りして聴いたものだった。そのダイナミズムの片鱗は聴きとれたものの、全貌を受け止めるには至れず、率直に言えば挫折した。復活したのは、20代後半か30代になってからだったと思う。
グールドのほうはと言えば、そのころからすでに多くの録音が廉価版として扱われていたこと、録音の主体がJ.S.バッハだったので、生理的にすんなり受け入れられたこと、などが関係したのか、やがてCD時代に入ってからも順調にぼくの愛聴盤でありつづけている。いちばんよく聴いたのは、たぶんイギリス組曲、フランス組曲だろう。いまでも通勤用のiPodにも入っている。
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グールドになにを聴いているのか――それは楽曲そのものというよりは、演奏者グールド自身なのだろう。たとえばおなじバッハといっても、リヒテルやシフの演奏もぼくにとってはとても大切なものだ。バッハを聴こうというとき、ぼくはこうした演奏から一枚を選び出す。あるいはピアノではないが、無伴奏チェロ組曲を聴くとき、ヨーヨー・マの新しいほうの録音を選ぶことが多い。そのCDは、女房との買い物のついでにスーパーの小さなCD売り場で買ったものだ。だからダメだと言っているのではなくて、それくらいとっつきやすい演奏、売り方をしているCDなのだ。マの演奏は技術的には言うまでもなく申し分ない。薄っぺらいものでもない。また変なアクがないだけ演奏者ではなく楽曲そのものに集中できる良盤だと思う。
でもあきらかに、グールドの演奏を聴くときには、ぼくはバッハではなくてグールドを聴いている。いや、もちろんすべてのクラシック音楽は、作曲者がいて、それとはまたべつに演奏者がいる。そのところにクラシック音楽の絶妙な面白さがある。作曲者、演奏者、さらには場合よってはオーケストラのような "意思を持つ楽器"、こうした複数の能動的な表現者が複雑にからみあい、ひとつの音楽を出現させることに本質的な面白さがある。だからどんな曲でも、誰某が弾いた何某、のように聴いている。それはなにもグールドだけではない。
ただ、グールドの場合は音楽の表現に対して演奏者の占める位置が大きい。それは――本人は否定しているようだが――彼がたんにエキセントリックだからだろうか? この質問に応えることは簡単ではない。ただそんな周囲の疑問など関係なく、一貫してグールドはグールドでありつづけていて、どこにも代わりはない。それは彼の死後20年以上たったいまも変わらない。iPodで毎日のように聴いていても、いっこうに飽きる気配もなく、いつまでも魅力的だ。
- 記事中の写真は、Library and Archives Canadaから引用したものです。著作権についてはLibrary and Archives Canada, The Glenn Gould Archiveにあります。
J.S.Bach/English Suites
Glenn Gould, Piano
SONY SM2K52606
Link : HMVジャパン
リンクしているのは、入手しやすい輸入盤。グールドの録音はたくさんのエディションが出ているし、国内盤では別のところで書いた「紙ジャケ」盤もある(ただし紙ジャケ盤は限定盤で、入手できなくなりつつある)。音質もそんなに差はないと思うので、安いものを探すと良い。
J.S.Bach/6 Cello Suites (Inspired by Bach)
Yo-yo Ma, VC
SONY S2K63203
Link : HMVジャパン
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