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2007年7月 8日 (日)

書いている時間

FromWindow このブログを書きはじめるのは、たいてい、家族一式が出かけてしまって、家にひとりで残っている場合のことが多い。べつに家族がいるときでも、部屋にひとりでいる時間は作れるのだが、子供たちが突然ドアを開けて入ってきて、なにかを熱く語っていくことも多いし、こっちはこっちで、あんまり部屋に引きこもっているとなにか悪いような気がして、なにをするでもなくリビングに顔を出す。そんなわけでなかなか集中できず、進まない。進まないだけならまだしも、論理が途中で錯乱して、なにを言っているのかわからなくなることもある。


このブログは、ふだん仕事的・技術的な文章(というのは要するに簡潔明瞭をよしとする文章)しか書かないぼくが、それだけではなにか脳みそが凝って壊死に至りはじめているような気がして、その「凝り解消」にと、制約なしに好きなことを書こうと思ってはじめたものだ。だからべつに迷路に入ろうがどうしようがかまわないはずだし、実際てきとうに脱線するのもよしと思って書いているのだが、目的が目的だから、やはり結末の部分ではちゃんとまとまっているものを書いておきたいとは思う。

だが、家族が出かけてくれている時間というのは、そう長くはない。たいていの週末は、いっしょに出かけることにしているから、そもそも独りになる機会は月に何回もない。ぼくが独りになっているというのは、今回の上海出張前後で女房が気を遣ってくれたように、意識的に休息の時間を与えてくれた場合か、あるいはちょっと近所に出かけた場合くらいのものだ。

そんなわけだから、いざ書き出したとしても、終盤にいたるころにはだれかが騒々しく帰ってきて、それはそれで楽しいにぎやかな時間がふたたびはじまる。「あとちょっと」と思って締めに入るが、そのときにはすでに論旨は錯乱しはじめている。まだそんなにたくさん記事を書いたわけではないが、「ちゃんと書けた」というささやかな満足感をもって終われたものは、ほとんどない。

以前は、こういうひとりの時間があると、かならず仕事をしていた。でもいまはさまざまな理由であまりやらなくなった。ときどき得られるひとりの時間は、こうしてブログを書いたりしてすごす機会に変わりつつある。それはそれでいいことなのだろうと思っている。

娘が帰ってきた。外での遊び相手があまりいなかったようだ。これから、ちょっと娘と遊んでこよう。

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