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2007年7月14日 (土)

シューベルト (in のだめ)

Schubert2 マンガ『のだめ』が流行って、ドラマになり、アニメーションになった。ドラマのほうは観ていないのだが、マンガのほうは数年前にオークションでまとめて買って、それ以来新刊が出るたびに女房が買ってくる(あるいは"買ってきてもらっている")。アニメーションは、もともとはたぶんDVDでの発売が先だったのだろうと思うが、放送は関西では深夜なので、PCで録画して、リビングのDLNA対応のネットワークプレーヤで休みの日に子供たちと観ている。みんな楽しみにしていたのに、留学が決まったところでひと段落して、アニメ番組としては先日最終回になったようだ。

もともと『のだめ』の存在を知ったのは、雑誌『レコード芸術』で紹介されたからだ。ぼくのような、あまりマンガを読まないけれど、それなりに音楽を楽しみにしている人種の典型的な入門方法だろう。


最初はたんなる興味本位で、財力(?)にものを言わせて"大人買い"したのだが、フランスに留学するころから俄然面白くなってきて、その後は新刊を楽しみにするようになった。

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このお話しのすばらしいのは、ポイントポイントで適切な楽曲が選ばれて、ストーリーに合わせてマンガの紙面からそれがきちんと響いてくるように感じられることだ。

フランスに行けばたとえばプーランクの室内楽が取り上げられる。ぼくには想像するしかない音楽学校の学生たちの生活の片鱗が、フランス、パリという空気感といっしょに伝わってくるようだ。作者の二ノ宮知子さんが充分にお詳しいのか、あるいは良いブレーンをお持ちなのかはわからないが、すくなくともそれが作品を薄っぺらなものにせず、読み応えのあるものにしているように思う。もっともそんな偉そうなことを言うぼくも音楽は好きなだけの素人だから、音楽に詳しい方々から見るとどうなのか、というのはわからないが。

アニメーションになってうれしい驚きだったのが、声優さんや演出も含めて原作のイメージを損なっていないばかりか、マンガでは紙面から響いていた音楽が、きちんと"本物の音"として聴こえることだ。あたりまえのことだがこれはちょっと感激した。しかもどの楽器も演奏する手許がきちんとCGで正確に再現されていて臨場感がある。"弾いているフリ"ではないのだ。

欲を言えば、のだめにせよ千秋にせよ、観衆の心を捉えた(あるいは顰蹙を買った)演奏が実際にどういうものであったのか、多少デフォルメされた形でもいいから音で提示してくれたら、とまで思うが、さすがにそれは難しいのだろう。ただ演奏は端正できちんとしており、安心して聴いていられるものだ。

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さて、このお話のなかで、のだめが日本での最後の岐路を決める大切な経緯で、シューベルトのピアノソナタが大きくとり上げられる。とくにアニメーションの終盤ではくり返し"音"として登場する。弾かれているのはピアノソナタ第16番D.845。

ちょっと地味じゃないか。と正直思う。

じつはシューベルトの楽曲には、ずっと苦手意識を持っていた。それがすこし解消できたのは、以前このブログでも取り上げたシフの演奏を二十台半ばのころに聴いたときだ。

シューベルトのピアノソナタは、とにかく地味で長い。素朴でやや内向的な性格というイメージそのままに、朴訥と、でもシューベルトならではの滋味あふれる歌が延々とつづく。たとえばこれをブレンデルのような重量級のピアニストではじめて聴いたとしたら、いったい最後まで聴き抜けられるひとがどれだけいるのだろう、と思う。

ぼくの場合、これを救ってくれたのが、軽やかで明確なタッチで "音が楽しげに跳ねる" シフのピアノだった。シューベルトのソナタ全体に降りかかっているすこし暗い空気感を、シフのピアノの音が救ってくれて、そうしてはじめて、ぼくはシューベルトの楽曲に流れている歌に気がついたのだった。

『のだめ』のマンガでは、彼女の弾くシューベルトのピアノソナタが高く評価されて、やがてフランスへの留学を勧められるにいたる。しかし、それまでののだめのイメージといえば、ヴィルトゥオーゾ級の技術を持ち、自分の感情・印象を演奏に反映させるだけの感性もある、でも基本的に本人には上昇志向がなく気の赴くまま、というような印象だった。この捉えかたは、ラフマニノフやバルトークのピアノ曲で周囲を愕然とさせたことと素直につながる。

でもほんとうに、その延長線上でシューベルトが弾けたのか?!

もちろん延長線上などではないのかもしれない。「ちょっとちがう人とつきあいたい」というようなことを言ってシューベルトをはじめ、途中でやっぱり「とっつきにくい」と言って悩む。一夜にしてバルトークが弾けるようになったり、フランス語が話せるようになったり、いろいろミラクルなところを見せてくれたのだめなので、そうしてつまづきながらも、やがてシューベルトの世界に同化できるようなところを見せてくれたのかもしれない。でも、そうだとしたらそれを伝え切れていないような気がするし、ひとつの楽しいフィクションとしては、すこしむずかしすぎるようにも思う。アニメーションを見ているひとたち──たぶん若いひとたち──は、かつてのぼくがそうだったように、これを鈍重で色彩に欠けた音楽だと片づけてしまったりはしないのだろうか。

まあ、ぼくがむずかしく捉えすぎているのかもしれない。いつもの悪いくせだ。でも、ぼくにとってはシューベルトはそれこそ「とっつきにくい」音楽だった。

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ちなみに、アニメーションの最終回で、のだめは実家でもう一度このシューベルトを弾く。これは素敵な演奏だと思う。とくにシフで開眼したぼくにとっては、シューベルトに大切だと思う、音のクリアさと緩急、あるいは "間" が違和感なく伝わってきた。ブレンデル的というよりはポリーニ的な演奏。感情は抑え気味。実際に人間が弾いているのか、あるいはMIDIデータを基にしたものなのかもわからないのだが、好印象である。

だれかが「『のだめ』のおかげで高校生の会話に "ベートーヴェンの交響曲第7番" が出てくるようになった。クラシック業界全体が低調ななかでその功績は大きい」と称えていた。それがどれだけ本質的な効果を持っているのかは正直なところ疑問だが、ぼくも『のだめ』効果で、小中学校で教える音楽からさらに広がった世界があることが伝わればいいと思う。

アニメーションは最終回となってしまったが、マンガのほうはまだしばらくつづきそうだ。キャラクターも成熟してきて、紙面を流れる音楽もますます多彩になっている。これからもとても楽しみだ。

  • 画像で引用している楽譜は、Public Domainのものを使用しています。

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