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2007年7月の12件の記事

2007年7月22日 (日)

B&W 802D のバイワイヤ化

AQandJumper 802D のスピーカーケーブルを、むかし使っていたバイワイヤのものに変更した。

そもそも半年前にはこのバイワイヤケーブルをやめて、シングルワイヤの AudioQuest CV-8 に変えたのだから、グレードとしては数ランク下がったことになる。写真は、外したばかりのAudioQuest のスピーカーケーブルと自作のジャンパーワイヤ。AudioQuestのケーブルは、バッテリがついていて、シールド部分に電圧を加えているのが特徴だ。


いったんはこのシングルワイヤで使おうと決めて、以前書いたように新たにジャンパーワイヤの製作までやったのだが、どうも高域~中域~低域の音の出方にむらがあるような気がして、Note 7のときに充分効果のわかっていたバイワイヤを試してみようという気になった。

結果、やはり各帯域について音がまんべんなく出るようになり、音の密度感が増したように思う。高域、中域、低域、いずれも申し分ない。ひょっとしたら、バイワイヤの特性というよりはスピーカーケーブルを変えたことそのものによる差なのかもしれないけれど。AudioQuest のケーブルは単線だ。見た目と触感からくる印象ほとんどそのままだが、音が締まり、透明度が増すかわりに、線が細くなるように思う。それが今回はより線のケーブルになったことで、やや大味ながらも豊かな音が得られるようになったのかもしれない。

やっぱりバイワイヤのケーブルを使いたい。でも、単純に言って倍の長さのケーブルが必要になるわけで、それなりの品質を求めるとなると、ぼくの場合パワーアンプとスピーカーの間は3mは必要だから、6m相当になり、出費としても手痛い。おなじ3mで倍のグレードのケーブルを買ったほうが、効果はより大きいのでは──これはバイワイヤに関する議論ではかならず出てくる悩みだ。

バイワイヤアダプタを視野に入れてみることにしようか...。

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C++、C++/CLI、Boost

Boostの本を買った。Boostというのは、最初のC++標準化が終わったあと、次世代の標準化を目指して標準化委員会のメンバ自身で設立されたコミュニティであり、ライブラリのことだ。

20代のころからC++を溺愛して早くも十年以上が過ぎた。それまでやってきた言語に比べれば、おそろしく長持ちしている。一時期はNIFTY-Serveの開発者向け会議室でいろいろと語り合った。そのころ活躍されていた諸氏のうち何名かはまだ現役で、有名なコミュニティでお名前を拝見する。ぼくはと言えば、30代なかば以降、自分でソースコードを書いたりデバッグしたりといったことは、贅沢な趣味の領域となってしまっている。


職場ではUNIXでいうデーモン、Windowsでいうサービスを手がけることが多く、それなりに性能や長期連続稼動を求められることから、いまでも "C++でなければ" という局面はそれなりにある。Java で達成できる分野もあるが、責任をもってある程度ミッションクリティカルなサービスを提供する必要があれば、C++と、長年培ってきた独自のライブラリ群の出番となる。

しかし画面周りについては、要件次第ではあるけれど、あまり肩肘を張らずに組み立ててもいいのではないかと思うようになった。かといって、JavaでのGUIは "ツール" の域をなかなか脱し得ないし、Visual Basicだと、それを若い者にやらせた場合に、その人のC++でのミッションクリティカルなアプリーション構築というスキルが遠くなってしまう。それで、最近ようやくC++/CLIについて調べるようになった。この点では世間様から何年か遅れていると思うが、それはやはり職場で引き受けているアプリケーション、システムがいわゆる業務系ではなく、制御系寄りのやや特殊な分野を手がけているからだろう。

C++からC++/CLIへと展開を進めていくなかで、個人で買ってきた本はその流れを逆に行くBoostである。べつに職場でのニーズはない。個人で使う予定もいまのところないが、そのスタイルに強く興味があったし、そもそも単純にC++がやっぱり好きだから、次世代のC++の世界観が凝縮されたBoostを知っておきたい、というのが本当のところだ。

Boostについてもインターネットをさまようことで多くの情報が得られる。でもやっぱり、まとまった知識を手に入れるには、書籍がいまでも最善だ。なんといっても寝転んでも布団のなかでも読める。本を買うことで、その知識を買ったつもりになり、満足してそれで終わってしまう、というパターンにはまる可能性もあるのだが。

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2007年7月21日 (土)

脳のなかの置き場所の限界

Window むかし、学生時代、理由あって4回生のときには一生懸命勉強した。そして脳のはしっこを見た。ここで行き止まりなんだなと思った。

当時は本当にそう思ったが、この話はいまは冗談としても、社会人になってしばらくしたころ、「知識や好奇心は、ときどき吐き出さないとこれ以上入らなくなる」と感じはじめた。それはいまでもそう思っている。だから吐き出せばいいのだが、仕事に関することは職場で存分に吐き出せるとして、趣味やプライヴェートに関することは、同好の諸氏でも見つけられないかぎり、仕事一筋の確信的サラリーマンにはそうした場はあまりない (上手にそうした場を見つけている方々はもちろんたくさんおられる)。


このブログをはじめたきっかけについては、まえにべつのところに書いた通り、どうもこのままでは脳の一部が壊死してしまいそうだと感じたからだ。でも一方で、べつの期待もあった。ここでなにかを書くことで、脳のなかにまた新たになにか知識や好奇心を入れる場所ができるのではないか、という期待だった。

脳、脳というと、どうも表現が直截的ですこしいやらしい。それでも、結果としてやっぱりなにかを考える余裕がすこし出てきた。先日書いたシューベルトとのだめの話は、意外なことに検索エンジン経由で多くの方々に見ていただいたようだが、いちばん影響を受けたのはほかならぬぼく自身で、シューベルトのことをいろいろと考えるようになった。今日はHMVのサイトで、いくつかシューベルトのCDを注文した。iPodにも入れて通勤時に聴いている。これが意外と気持ちがいい。さわやかな朝、つかれた夜、どちらにしてもシューベルトのすこし陰気なピアノソナタが似あうと誰が予想しただろうか。他の方々が書いているシューベルトのサイトも読むようになった。いろいろ勉強して、シューベルトについて書いたつい先日以来、いきなり考えかたが変わったとは言わないが、すこしちがった視点から見えてくるようになった。

もちろん、これは脳に余裕ができたからというよりは、自分でなにかを表明することで、そのことについてより考えるようになった結果だと言ってもいい。ぼくにとってはそれはおなじことで、ようするに脳のなかでもやもやと場所をとっていたものが、文章というひとつの形になったことで凝縮され、さらに広げられるようになったということだ。

率直なところぼくはべつに世間になにかを問えるような存在ではない。プロフィールに書いたように、仕事と子供たちに囲まれながら、女房といっしょにぎりぎりのところでなんとか生活を立てている労働者にすぎない。

でも――そんな毎日でも、こうしてなにかを書くことで、またさらになにか新しいことに関心が持てる。小さな一日が、すこし特別なものに変わる。これはまあまあ幸せなことだと思う。

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2007年7月16日 (月)

B&W 802D へのスパイク装着

802DSpike 先日、802D にスパイクを装着した。これは B&W 製品で 802D 以上のスピーカーをお持ちの方には一度は脳裏をかすめる宿命的な作業だと思う。802D の重量は三兄弟のなかではいちばん軽いのだが、それでも片側で 80kg もある。購入を決める際に最後まで気になっていたのが、この重量だった。

本当は、もうすこし音が落ちついてから、と思いつつも、スパイクの効用は以前の ALR/Jordan Note 7で充分にわかっていたので、我慢しきれずに敢行することにした。

2ch などでいろいろと話していると、このスパイクを装着するには、だいたい3種類ぐらいのパターンがあるようだ。


  1. 販売店、代理店の方にお願いする。
  2. 体力に余裕があって、なんの問題もなく自分で装着する。
  3. 体力の限界を感じながら、死ぬ思いで自分で装着する。

ぼくの場合、もともとは販売店から「搬入時に同時にやりますよ」ということで聞いていたのだが、いざ搬入してみると、スパイク装着後のスピーカーの移動の可否で揉めることになった(笑)。汗だくで搬入してくれた販売店の方は、スパイクを装着したらもう位置を動かせないと言う。無理に動かすとスパイク受けは動かず、スパイク受けからスパイクがはずれて、床に突き刺さってしまう、と。半信半疑ではあったけれど、たしかに付属してきたSoundAnchor 製のスパイク受けだとその心配はありそうだ。移動できなくなったら位置決めやケーブル交換の際に困るから、という話になり、そのときにはつけないことにした。

§

J1Spike その後いろいろ情報収集して、スパイク受けを工夫すればなんとかなるだろうということがわかり、ある店で推奨されていた J1 Project の BA50HB 2個1組を4つ、計8個分すなおに購入した。ひとまわり小さい BA35HB でもいいかなと思ったが、面積が小さいと沈み込みが心配なので、50mm 径の BA50HB にした。ぼくの部屋はマンションのLL45等級で張り込みの絨毯。その下には緩衝材が敷きつめられて、さらにその下がコンクリートとなる。あとで動かすことを考えると、この緩衝材分の沈み込みが心配だったのだ。

さて、販売店を帰してしまってからの装着となると、ぼくの場合は上のパターンのうち、いちばん悲壮感の漂う 3. のやり方になる。ぼくの背中の故障を知っている女房はこの目論見を知って蒼白な顔をしたが、ほかにどうしようがある? 白状すると、職場の若い者を飯と酒で釣って手伝わせようかという考えが脳裏をかすめたことは事実だが、いくらぼくでもさすがにそんな横暴な真似はできなかった。

802DHead万一にそなえて、もうとっくに使わなくなったベビー布団用のマットレスを押入れから出してきて床に敷き、802D を横倒しにした。ふたりの子供の成長を見守ったマットレスも、まさか最後にこんな活躍の場があろうとは思わなかっただろう。

底面に元々ついているキャスターを電動ドライバでつぎつぎと外し、スパイクを装着する。一気に引き起こし、傾けたところで女房にスパイク受けの位置を合わせてもらい、立ち上げる。2台目の引き起こしのときには疲弊して怪しくなってきたので、かよわき女房の力も借りた。というか、見かねて力を貸さずにはいられなかったらしい。B&Wの取説には「引き起こす際には、怖がらずにスピーカーの頭の部分を持ちなさい」とある。このヘッドの部分は、強い力を加えるとぐらっと揺れる。たしかにこれを持つのは勇気がいる。

802DFoot スパイクは、台座部分の上下の向きによって床面からの高さを調整できるようになっているが、視聴位置の関係から高めになるように設置した。スパイク受けの沈み込みは、写真で見てのとおりであり、やはり絨毯の起毛以上に沈む。スピーカーの低めの部分を持ち、ぐいっと動かすと、スパイク受けごと絨毯の上を滑る。これで、今後スピーカーの位置やケーブルを変えたりすることもできそうだ。

§

肝心の音のほうはといえば、効能どおり中低域の明晰度が増したように思うが、これはいまはプラシーボの可能性もある。スピーカーのエージングが終わるまえにセッティングを変えるという禁じ手を使ってしまったのだから、今後はこれで音を追い込んでいくことになる。またマンション暮らしで問題になりがちな下階への振動による低域もれは、これで最小限に抑えられるのではないかと思う。

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2007年7月15日 (日)

グレン・グールド

Glenn_Gould_3 いつのころからか、他人から「どんな音楽を聴くのですか」と聞かれたら、開きなおったように「クラシック」と応えるようになった。でもこのあいだ、ある雑誌を読んでいて、"グールドになにを聴くか" みたいな問いがあって、ふと考えてしまった。

もともと、ぼくは最初からクラシックが好きだったわけではない。ルーツはぼくの世代のだれしもと同様、小中学生時代の歌謡曲から出発する。中学生時代くらいから視野が広がってロックに至り、やがてプログレへ、さらにその発展としてクラシック、ジャズへと進んでいったのだ。ジャズのほうは、頻繁に愛聴している盤はあるものの、さきにクラシックのほうがおもしろくなってしまい、そちらにエネルギーを注力したためにいまだにあまり詳しくはない。逆にクラシックのほうは、"クラシック" と言いながら根がプログレにあるために、いまでも機会があれば現代音楽も聴く。


§

10代なかばでロックからプログレに踏み出したときに、表現の面白さに夢中になった。やがて作曲者にせよ演奏者にせよ、ほかに代えがたいそのひと独自の世界を持つ表現を偏重するようになった。ただし、継続的に愛聴するかどうかはまた話がべつで、そうやって聴きつづけるには、やはりその音楽が好きでないといけない。きらいでも興味が優先して一度や二度は聴くが、好奇心を満たしてしまったら、それはそれで終わりである。

プログレからクラシックへとさらに世界を広げたとき、高校時代のことだからよく覚えていないけれど、最初に興味を持ったのは、作曲家としてのマーラーと、演奏者としてのグールドだったのではないかと思う。いまから思えば高校生として充分正しいスタートだった(笑)。マーラーのほうは、当然広範なラインアップをそろえられるわけでもなく、なけなしの小遣いで廉価版のLPを買っては友人と貸し借りして聴いたものだった。そのダイナミズムの片鱗は聴きとれたものの、全貌を受け止めるには至れず、率直に言えば挫折した。復活したのは、20代後半か30代になってからだったと思う。

グールドのほうはと言えば、そのころからすでに多くの録音が廉価版として扱われていたこと、録音の主体がJ.S.バッハだったので、生理的にすんなり受け入れられたこと、などが関係したのか、やがてCD時代に入ってからも順調にぼくの愛聴盤でありつづけている。いちばんよく聴いたのは、たぶんイギリス組曲フランス組曲だろう。いまでも通勤用のiPodにも入っている。

§

グールドになにを聴いているのか――それは楽曲そのものというよりは、演奏者グールド自身なのだろう。たとえばおなじバッハといっても、リヒテルやシフの演奏もぼくにとってはとても大切なものだ。バッハを聴こうというとき、ぼくはこうした演奏から一枚を選び出す。あるいはピアノではないが、無伴奏チェロ組曲を聴くとき、ヨーヨー・マの新しいほうの録音を選ぶことが多い。そのCDは、女房との買い物のついでにスーパーの小さなCD売り場で買ったものだ。だからダメだと言っているのではなくて、それくらいとっつきやすい演奏、売り方をしているCDなのだ。マの演奏は技術的には言うまでもなく申し分ない。薄っぺらいものでもない。また変なアクがないだけ演奏者ではなく楽曲そのものに集中できる良盤だと思う。

Glenn_Gould_5でもあきらかに、グールドの演奏を聴くときには、ぼくはバッハではなくてグールドを聴いている。いや、もちろんすべてのクラシック音楽は、作曲者がいて、それとはまたべつに演奏者がいる。そのところにクラシック音楽の絶妙な面白さがある。作曲者、演奏者、さらには場合よってはオーケストラのような "意思を持つ楽器"、こうした複数の能動的な表現者が複雑にからみあい、ひとつの音楽を出現させることに本質的な面白さがある。だからどんな曲でも、誰某が弾いた何某、のように聴いている。それはなにもグールドだけではない。

ただ、グールドの場合は音楽の表現に対して演奏者の占める位置が大きい。それは――本人は否定しているようだが――彼がたんにエキセントリックだからだろうか? この質問に応えることは簡単ではない。ただそんな周囲の疑問など関係なく、一貫してグールドはグールドでありつづけていて、どこにも代わりはない。それは彼の死後20年以上たったいまも変わらない。iPodで毎日のように聴いていても、いっこうに飽きる気配もなく、いつまでも魅力的だ。

  • 記事中の写真は、Library and Archives Canadaから引用したものです。著作権についてはLibrary and Archives Canada, The Glenn Gould Archiveにあります。

 

Annotations :
グレン・グールドのJ.S.バッハ/イギリス組曲 :
J.S.Bach/English Suites
Glenn Gould, Piano
SONY SM2K52606
Link : HMVジャパン
リンクしているのは、入手しやすい輸入盤。グールドの録音はたくさんのエディションが出ているし、国内盤では別のところで書いた「紙ジャケ」盤もある(ただし紙ジャケ盤は限定盤で、入手できなくなりつつある)。音質もそんなに差はないと思うので、安いものを探すと良い。
グレン・グールドのJ.S.バッハ/フランス組曲 :
J.S.Bach/French Suites
Glenn Gould, Piano
SONY SM2K52609
Link : HMVジャパン
ヨーヨー・マのJ.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲(90年代盤) :
J.S.Bach/6 Cello Suites (Inspired by Bach)
Yo-yo Ma, VC
SONY S2K63203
Link : HMVジャパン

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2007年7月14日 (土)

のだめの追伸

最新刊でのテルミンの楽譜、小さくイラスト的に出てくるだけなのだけれど、どうもちゃんとテルミンの楽譜のように見える。テルミンの楽譜を知らないのだからそんなこと言えるわけがないのだが、そう見えるのだ。『のだめ』オリジナルだとしたら、いったい誰がどうやって書いたのだろう...?

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シューベルト (in のだめ)

Schubert2 マンガ『のだめ』が流行って、ドラマになり、アニメーションになった。ドラマのほうは観ていないのだが、マンガのほうは数年前にオークションでまとめて買って、それ以来新刊が出るたびに女房が買ってくる(あるいは"買ってきてもらっている")。アニメーションは、もともとはたぶんDVDでの発売が先だったのだろうと思うが、放送は関西では深夜なので、PCで録画して、リビングのDLNA対応のネットワークプレーヤで休みの日に子供たちと観ている。みんな楽しみにしていたのに、留学が決まったところでひと段落して、アニメ番組としては先日最終回になったようだ。

もともと『のだめ』の存在を知ったのは、雑誌『レコード芸術』で紹介されたからだ。ぼくのような、あまりマンガを読まないけれど、それなりに音楽を楽しみにしている人種の典型的な入門方法だろう。


最初はたんなる興味本位で、財力(?)にものを言わせて"大人買い"したのだが、フランスに留学するころから俄然面白くなってきて、その後は新刊を楽しみにするようになった。

§

このお話しのすばらしいのは、ポイントポイントで適切な楽曲が選ばれて、ストーリーに合わせてマンガの紙面からそれがきちんと響いてくるように感じられることだ。

フランスに行けばたとえばプーランクの室内楽が取り上げられる。ぼくには想像するしかない音楽学校の学生たちの生活の片鱗が、フランス、パリという空気感といっしょに伝わってくるようだ。作者の二ノ宮知子さんが充分にお詳しいのか、あるいは良いブレーンをお持ちなのかはわからないが、すくなくともそれが作品を薄っぺらなものにせず、読み応えのあるものにしているように思う。もっともそんな偉そうなことを言うぼくも音楽は好きなだけの素人だから、音楽に詳しい方々から見るとどうなのか、というのはわからないが。

アニメーションになってうれしい驚きだったのが、声優さんや演出も含めて原作のイメージを損なっていないばかりか、マンガでは紙面から響いていた音楽が、きちんと"本物の音"として聴こえることだ。あたりまえのことだがこれはちょっと感激した。しかもどの楽器も演奏する手許がきちんとCGで正確に再現されていて臨場感がある。"弾いているフリ"ではないのだ。

欲を言えば、のだめにせよ千秋にせよ、観衆の心を捉えた(あるいは顰蹙を買った)演奏が実際にどういうものであったのか、多少デフォルメされた形でもいいから音で提示してくれたら、とまで思うが、さすがにそれは難しいのだろう。ただ演奏は端正できちんとしており、安心して聴いていられるものだ。

§

さて、このお話のなかで、のだめが日本での最後の岐路を決める大切な経緯で、シューベルトのピアノソナタが大きくとり上げられる。とくにアニメーションの終盤ではくり返し"音"として登場する。弾かれているのはピアノソナタ第16番D.845。

ちょっと地味じゃないか。と正直思う。

じつはシューベルトの楽曲には、ずっと苦手意識を持っていた。それがすこし解消できたのは、以前このブログでも取り上げたシフの演奏を二十台半ばのころに聴いたときだ。

シューベルトのピアノソナタは、とにかく地味で長い。素朴でやや内向的な性格というイメージそのままに、朴訥と、でもシューベルトならではの滋味あふれる歌が延々とつづく。たとえばこれをブレンデルのような重量級のピアニストではじめて聴いたとしたら、いったい最後まで聴き抜けられるひとがどれだけいるのだろう、と思う。

ぼくの場合、これを救ってくれたのが、軽やかで明確なタッチで "音が楽しげに跳ねる" シフのピアノだった。シューベルトのソナタ全体に降りかかっているすこし暗い空気感を、シフのピアノの音が救ってくれて、そうしてはじめて、ぼくはシューベルトの楽曲に流れている歌に気がついたのだった。

『のだめ』のマンガでは、彼女の弾くシューベルトのピアノソナタが高く評価されて、やがてフランスへの留学を勧められるにいたる。しかし、それまでののだめのイメージといえば、ヴィルトゥオーゾ級の技術を持ち、自分の感情・印象を演奏に反映させるだけの感性もある、でも基本的に本人には上昇志向がなく気の赴くまま、というような印象だった。この捉えかたは、ラフマニノフやバルトークのピアノ曲で周囲を愕然とさせたことと素直につながる。

でもほんとうに、その延長線上でシューベルトが弾けたのか?!

もちろん延長線上などではないのかもしれない。「ちょっとちがう人とつきあいたい」というようなことを言ってシューベルトをはじめ、途中でやっぱり「とっつきにくい」と言って悩む。一夜にしてバルトークが弾けるようになったり、フランス語が話せるようになったり、いろいろミラクルなところを見せてくれたのだめなので、そうしてつまづきながらも、やがてシューベルトの世界に同化できるようなところを見せてくれたのかもしれない。でも、そうだとしたらそれを伝え切れていないような気がするし、ひとつの楽しいフィクションとしては、すこしむずかしすぎるようにも思う。アニメーションを見ているひとたち──たぶん若いひとたち──は、かつてのぼくがそうだったように、これを鈍重で色彩に欠けた音楽だと片づけてしまったりはしないのだろうか。

まあ、ぼくがむずかしく捉えすぎているのかもしれない。いつもの悪いくせだ。でも、ぼくにとってはシューベルトはそれこそ「とっつきにくい」音楽だった。

§

ちなみに、アニメーションの最終回で、のだめは実家でもう一度このシューベルトを弾く。これは素敵な演奏だと思う。とくにシフで開眼したぼくにとっては、シューベルトに大切だと思う、音のクリアさと緩急、あるいは "間" が違和感なく伝わってきた。ブレンデル的というよりはポリーニ的な演奏。感情は抑え気味。実際に人間が弾いているのか、あるいはMIDIデータを基にしたものなのかもわからないのだが、好印象である。

だれかが「『のだめ』のおかげで高校生の会話に "ベートーヴェンの交響曲第7番" が出てくるようになった。クラシック業界全体が低調ななかでその功績は大きい」と称えていた。それがどれだけ本質的な効果を持っているのかは正直なところ疑問だが、ぼくも『のだめ』効果で、小中学校で教える音楽からさらに広がった世界があることが伝わればいいと思う。

アニメーションは最終回となってしまったが、マンガのほうはまだしばらくつづきそうだ。キャラクターも成熟してきて、紙面を流れる音楽もますます多彩になっている。これからもとても楽しみだ。

  • 画像で引用している楽譜は、Public Domainのものを使用しています。

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2007年7月 8日 (日)

上海その2

Shanghai1昨晩、上海から帰ってきた。上海で雷雨に遭い、一時空港での離発着が止まったせいもあって飛行機が遅れ、帰り着いたのはすでに日付が変わった時間だった。まあ帰ってこれただけでもよかったとか、ふだんの仕事だともっと遅いんだからとか、いろいろ自分を慰めてみたが、連日慌しいなかで、上海での数日間もやはり忙しく、帰路に着くだけでこの時間というのは、やっぱり身体だけでなく気持ちにも少々堪えた。


訪れた街の印象は、そのときの状況で(ようするに心象で)だいぶ変わってしまうのだろう。むかし、北海道の各地をまわっていたときには、おなじように小さな町をまわっていても、仕事の状況や出会ったひとによって、記憶の印象はずいぶんちがう。

Shanghai2 上海はといえば、いろいろ不安材料を残したままでの入国で、到着したときは運の悪いことに雨だった。暑くて湿度が高く、右も左もわからず、駅から一歩踏み出すと、なにかを紹介したいという人たちが入れ替わり寄ってきて、正直なところ、気持ちの条件というか印象はまったく良くなかった。

それでも、いま世界を代表する都市のひとつである上海の活力だけは、好きかきらいかはともかく、充分に感じられた。簡単に要約できるような話ではないのだろうが、中国人の言語も、気質も、眼差しも、すべてが一体となって、成長という方向を向いて突き進んでいる、そんな感じだ。ただそれ故に、余裕もなくぎっちりと未来に向かって何もかも詰め込まれている、そんな印象も感じさせた。それは逆に、荷物といっしょにそういう状況を上海に持ってきた、ぼくの気持ちの問題だったのかもしれない。

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書いている時間

FromWindow このブログを書きはじめるのは、たいてい、家族一式が出かけてしまって、家にひとりで残っている場合のことが多い。べつに家族がいるときでも、部屋にひとりでいる時間は作れるのだが、子供たちが突然ドアを開けて入ってきて、なにかを熱く語っていくことも多いし、こっちはこっちで、あんまり部屋に引きこもっているとなにか悪いような気がして、なにをするでもなくリビングに顔を出す。そんなわけでなかなか集中できず、進まない。進まないだけならまだしも、論理が途中で錯乱して、なにを言っているのかわからなくなることもある。


このブログは、ふだん仕事的・技術的な文章(というのは要するに簡潔明瞭をよしとする文章)しか書かないぼくが、それだけではなにか脳みそが凝って壊死に至りはじめているような気がして、その「凝り解消」にと、制約なしに好きなことを書こうと思ってはじめたものだ。だからべつに迷路に入ろうがどうしようがかまわないはずだし、実際てきとうに脱線するのもよしと思って書いているのだが、目的が目的だから、やはり結末の部分ではちゃんとまとまっているものを書いておきたいとは思う。

だが、家族が出かけてくれている時間というのは、そう長くはない。たいていの週末は、いっしょに出かけることにしているから、そもそも独りになる機会は月に何回もない。ぼくが独りになっているというのは、今回の上海出張前後で女房が気を遣ってくれたように、意識的に休息の時間を与えてくれた場合か、あるいはちょっと近所に出かけた場合くらいのものだ。

そんなわけだから、いざ書き出したとしても、終盤にいたるころにはだれかが騒々しく帰ってきて、それはそれで楽しいにぎやかな時間がふたたびはじまる。「あとちょっと」と思って締めに入るが、そのときにはすでに論旨は錯乱しはじめている。まだそんなにたくさん記事を書いたわけではないが、「ちゃんと書けた」というささやかな満足感をもって終われたものは、ほとんどない。

以前は、こういうひとりの時間があると、かならず仕事をしていた。でもいまはさまざまな理由であまりやらなくなった。ときどき得られるひとりの時間は、こうしてブログを書いたりしてすごす機会に変わりつつある。それはそれでいいことなのだろうと思っている。

娘が帰ってきた。外での遊び相手があまりいなかったようだ。これから、ちょっと娘と遊んでこよう。

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2007年7月 1日 (日)

グールドのJ.S.バッハ、ゴールドベルグ変奏曲

Gould3 昨夜、グールドのゴールドベルグ変奏曲の "紙ジャケ" CDが2枚、HMVから届いた。最近流行っている "紙ジャケもの" はじつは初めて買ったのだが、その意外な高級感にはすこし驚いた。団塊世代の懐古趣味に訴えかけているようで、なんとなく胡散臭いものを感じていたけれど、これはこれでレギュラーな形態としてもいいのではないかと思う。

それはそれとして、なんでいまさらグールドのゴールドベルグ変奏曲なのかと言うと、スピーカーがB&W 802Dに変わってすぐ、いちばん驚いたのが、1981年版のグールドのゴールドベルグ変奏曲をかけたときだったのだ(写真で言うと、まんなかの下のディスク)。


このCDは、だいたい20年前、それまでのLP時代から脱して初めてCDプレーヤーを買った際に、同時に購入したものだ。それから20年間、つかず離れずずっと聴いてきた。多少感傷的に言えば、これを聴くことでいちばん自分をとりもどせるような、そんな演奏だ。仕事上で、無理な挑戦やトラブルに見舞われてストレスのかたまりになっているとき、この演奏を聴けば、すっと自分がもどってくる。それは、バッハの変奏曲がどうだとか、グールドの活力に満ちた演奏がどうだということよりも、ただずっと付きあっているお馴染みさんだからなのだとは思う。

黎明期に出たばかりのCDだから、マスタリングもパッケージそのものも古いといえば古いのだが、ぼくはとても音のいいCDだと思っていた。歴代のアンプ、スピーカーの試聴時には、多少ゲンをかつぐ意味もあったけど、かならずこのCDも持って行っていた。

ところが、届いたばかりの802Dで聴いたとき、そのノイズ感に愕然としたのだ。

とっさに脳裏をかすめたのは、このCDを買ったのがもう20年もまえであること、最近、リマスタリングが話題になっていることだった。さっそくHMVを徘徊してみると、有名な録音だけあって、国内外さまざまなバージョンが出てきた。そのなかで、この発売されたばかりのDSDリマスタリングによる紙ジャケバージョンを見つけ、その場で注文した。それが昨日届いたのだ。

結果として、その音の差異はというと、ノイズ感は減少して、さらに音の角がより円やかになっていた。20年前の盤は、高域を強調したような、CD黎明期の特徴とよく言われたすこしギラつき感のある音だ。そのとき同時に買ったベームのブラームスは、まさにそれが強調されたマスタリングで、あまりにきつい音なのでいまはもうまったく聴いていない。ただこのグールドの演奏は、ピアノ独奏で持続音が少ないことから、たぶんいままではあまり意識することがなかったのだと思う。逆にエッジが立ち気味の部分を「良い音」と感じていたのだろう。

もうひとつ、良いことがあった。20年前の盤は、1曲だからということで、トラック1つの構成になっており、各変奏はインディクスで指定されている。当時のCD制作時の試行錯誤感がすこしわかるようだ。いまはもうインディクスは特別なものになってしまった。新しいDSDリマスタ盤は、各変奏ごとにトラックが分かれている。ちょっと調べたいときに頭出しするには、あたりまえのことだがだいぶ便利になった。

写真からわかるように、このとき、1955年版のグールドのゴールドベルグ変奏曲も同時に購入した。恥ずかしながら、この1955年版はこれまでちゃんと聴いたことがない。通勤用のiPodに入れて、これから聴きこんでいこうと思う。とても楽しみだ。最近はちゃんと聴くならiPodということになってしまっている。いったい何のためのオーディオなんだか。

Annotations :
ゴールドベルグ変奏曲 : The Goldberg Variations
英語読みで "ゴールドベルグ"、独語読みで "ゴルトベルク"。ふだんぼくはゴルトベルクと言っているような気がしたが、世間では英語読みが一般的のようなので、ここではゴールドベルグと表記した。
HMVでの1981年版の紙ジャケ仕様は残念ながら完売のようなので、以下は通常盤へのリンクです。
Link : HMVジャパン / 1981年盤
Link : HMVジャパン / 1955年盤

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新しいスピーカー (B&W 802D)

802D じつは6月9日、新しいスピーカーを導入した。国内在庫がなくイギリスから取り寄せと聞いていたので、まだ1ヶ月か2ヶ月も先のことだと思って余裕の構えでいたのだけれど、販売店から「いまなら1式確保できる」と連絡があって、これは「焦らせろ作戦」かもとは思いつつ、まんまと焦らされる結果となった。

以前、ドイツ ALR/Jordan の Note 7 について書いたときには、その文中でもすこし触れたように、すでにスピーカーを入れ替えようという気持ちはあった。というか気持ちだけなら、もうずいぶんまえから計画はしていた。1年半前、東京生活の終盤に、ダイナミックオーディオでGOLDMUNDのアンプ MIMESIS 18.4ME の導入を決めたとき、もともとはパワーアンプだけ導入して、次にスピーカーを変えるつもりだった。それが(案の定というかなんというか)その直後にプリアンプ MIMESIS 27ME も導入する結果になって、さすがにスピーカーも、というわけにはいかなくなった。女房もこのときばかりは「あきらめ顔の微笑み」は見せてくれなかった。


§

Note 7 には、とくに不満があるわけではなかった。導入したアンプとは明らかに価格的に不釣合いだったものの、LUXMAN、Jeff Rowland、GOLDMUNDというアンプの変遷に応じてさまざまな音を聴かせてくれたし、もともとの購入動機だった「音楽の潤い感」は、7年間ずっと気に入りつづけてきた。

でも、有楽町でのオーディオショウで、ラックスのブースで聴いたB&W 802Dのすーっと抜けるような透明な響きはいつまでも忘れられず、AVALONやSonus faberへの好奇心も捨てられず、とうとう今年に入って行動に移す決心をした。

結局、選んだのはリビングのスピーカーとおなじB&Wの、 802D だった。B&Wは、あるとき好きになって、その後好きじゃなくなって、さらにその後、なんとなく大メーカの製品だからという理由で、そもそも興味の対象ではなくなっていた(マイナーなメーカの製品を使っていると、そういう気持ちになっていくようだ(笑))。 数ヶ月間あれこれ悩んだ結果、ALR/Jordanと同路線(?)の Sonus faber の製品にほぼ決めようと思っていた土壇場で、大阪の河口無線での長時間の試聴で 802D を聴き、以前のラックスのブースでの音を思い出した。

高い空に抜けるような透明な音。というのは、おそらくスピーカーを置く空間のファクターが大きくて、せまいぼくの部屋ではこの音は出ないのだろうなと思いつつも、その魅力に負けた。ダイヤモンドのツィータが、部屋の容積を乗り越えて、あの音の片鱗を奏でてくれるかもしれない。新しいロハセルのウーファも、軽くて硬性がありそうで期待するところが大きかった。

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導入後、平日はまったく聴く時間がないので、休みの日には音楽をかけっ放しにしているが、まだまだエージング初期段階というところだ。音は、いまは正直なところ高域がすこし耳につく。透明というより、きついと感じるときがある。世間ではエージングでやがて高域が落ち着いてくる、と言われているが、B&Wは素直に「そのうち耳のほうが慣れてくる」と言っている。どう理解したらいいのかわからないが、何ヶ月かはようすを見ようと思っている。

ケーブルは今年に入って早々、Sonus faberに買い換えることを見越してシングルワイヤのものを買ってしまっていて、シングル接続になっている。ジャンパは、ACROLINKの6N-S1040IIとWBTの端子で新しく作った。これまで使用していたCARDASのものは、両側がYラグになっていて、使えなかったのだ。

当然のごとくケーブルはバイワイヤ端子の高域側につけていたが、さっき、試しに低域側につないでみた。すこし音の腰が低くなったかな ? いずれにしても、まだまだこれからだ。

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上海

仕事で数日間、上海に行くことになった。以前、何回か大連には行ったことがあるが、ひさしぶりの中国だ。というより、ひさしぶりの海外だ。今日は一日休みがとれたが、くたばってるのが精一杯で、どうしても準備する気になれない。今日一日、だらだらとブログを書いていようか....。

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