アンドラーシュ・シフのベートーヴェン、ピアノソナタ
一時期の古楽ミニブームから、最近ベートーヴェンに回帰している。たぶんそれが顕在化したきっかけは、プレトニョフの協奏曲を聴いてからだと思う。うすうす、なんとなく感じていたようなことが、プレトニョフの協奏曲でおもむろに「こういうことだよね」と提示されて、突然もっと具体的に勉強してみたくなってきたのだ。
でも今日は、プレトニョフではなくアンドラーシュ・シフのピアノソナタの話。シフがはじめたベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会のもようは、「レコード芸術」の海外短信で、バレンボイムと比較して、しっかりとした計算と計画に裏打ちされた"さりげなさ"が好意的にとりあげられていたし、究極的には濱田滋郎氏が特選の月評で引いた、中原中也の「なんでも ないてば なんでも ないに」という秋の日の一節は、シフの演奏をして思わず唸ってしまうほど、当を得たものだった。だから、改めて素人のぼくがここに書くようなことはほとんどない。本当に「なんでも ないに」と言いながら朴訥と弾いているようで、それでいてとても魅力的だ。すっと静かに心に入ってくる。
最近、通勤時間にiPodで音楽を聴くようになった。あたりまえの人にとってはあたりまえの行為なのだろうが、じつはぼくはこうしたポータブルオーディオを屋外で使ったことがない。カセット時代のウォークマンからはじまって、CD、MDなどそれぞれプレーヤーは持っているが、これらはすべて長期出張時の夜のためのものだった。外で、とくに移動しながら聴くというのは、なんだか危なっかしいし、そんなにまでして音楽を聴きたいとはそもそも思わなかった。
丸の内に通勤していたころ、ご多分に漏れず長い通勤時間をなにか有意義にと思い、月並みすぎてはずかしいが英会話でも聴きながら、と結構買う気になった。が、関西にもどることになったりしてどたばたして結局買わなかった。やっと買ったのは、関西にもどって何ヶ月かしたころ....いまから一年ほど前。しかも通勤の英会話用ではなくて、増えてきた休日出勤時のパートナー用だった。
iPod は 8GBの容量があって、これが200kbps以上のそれなりの圧縮率のmp3 でも、相当量入る。自室のPCにはTTAやFLACの大量のデータがあったので、これらをせっせとiPod用にmp3に変換して、片っぱしから詰めこんだ。そうしてある日、勇気を出して通勤中に聴いてみた。
まあ、これだけ世の中には愛好者がいるのだから当然なのだろうが、自分にとっては意外なことに、幸せな時間がやってきた。朝はピアノを中心とした軽い曲、夜は電車を降りたあとは、人通りの少ない夜道を歩きながら、大音量で交響曲からオペラから何でも聴いている。この聴き方は、これまで遠ざかっていたある種の音楽を聴く機会を与えてくれ、それが幸せでならないが、さすがにそこまで行くと、またべつの話なので、この話はここまで。
シフのベートーヴェンは、朝のiPodの定番中の定番なのである。
朝からベートーヴェン? それはまた重たすぎやろ、という話もあるかもしれない。iPodにはシフとはべつにポリーニのベートーヴェンも入っている。これはこれでぼくはとても大切に思っているが、朝は聴かない。でもシフのベートーヴェンは何日でもつづけて聴いている。
シフのベートーヴェンでない日は、モーツァルトのピアノソナタのことが多い。こちらは全世界の定番中の定番(たぶん)。さわやかな朝の代名詞。もちろんこれはこれでいい。ベートーヴェンでもモーツァルトでもない日は....シフのゴールドベルグ変奏曲。またシフだ。この演奏はこの演奏でいろいろ思いいれはあるが、これもまた別の機会にしよう。
モーツァルトはともかくとして、シフのベートーヴェンにせよ、バッハにせよ、たぶんシフのピアノの音と、その音楽の組み立てが、これから仕事に向かうという朝の時間に、なにかしっくりと来るものがあるのだ。もしシフのシューベルトを持っていれば、たぶんそれもレパートリーに入っていたと思う 。
朝の通勤時間は、あわただしく家を出たあと、職場に入るまでの貴重な"独り" の時間なのだから、それなりに心穏やかにすごしたいし、でも緩みすぎたくもない。そうした「穏やかな緊張感」とつきあうひととき、シフのピアノはとてもよく似合う。
本当は、シフのピアノ全般ではなく、シフのベートーヴェンにしぼった話をしようと思っていたけど、余談を書いているうちに、またたくさんの文字数になってしまったので、ここで終わりにします。シフのベートーヴェン・チクルスは順調に進み、秋にはつぎのリリースがあると聞く。いまからとても楽しみだ。
András Schiff, Piano
Link : HMVジャパン / 第1巻. 476 3054 ECM 1940-1941
Link : HMVジャパン / 第2巻. 476 3100 ECM 1942
Link : HMVジャパン / 第3巻. 476 3155 ECM 1943
Link : HMVジャパン / 第4巻. 476 5875 ECM 1944
Link : HMVジャパン / 第5巻. 476 6186 ECM 1945
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